《xxxHOLiC・戻》第11回
ヤングマガジン:2013年31号:2013.07.01.月.発売
「ねぇ」
「戻ってきて」
“ずずずずずず”不気味な音を立てて,そのアヤカシが近づいてくる。何十もの腕が,彼を求めてくる。足元に転がった風呂敷包みは意識の外,君尋は動けずにいた。
その心に,
「戻りたいの?」
響く声……。
「侑子さん!」
正気に返って身をひるがえすと,だっとかけだした。
あえぎながら走る。
「侑子さん!」
左手に鞄を持ち,必死に走る。
「ねぇ」
「ちょっと,貴方」
アヤカシが追ってくる。君尋は侑子の名を呼びハアハア言いながら走る。
「貴方」
「ねぇ」
すがるように腕をのばしてくる。
「戻ってきて」
「だって」
指先が,もう,顔に触れそう……;そのとき。あとわずかまで迫っていた10本近い腕が,君尋のすぐ後ろで一気に断ち切られた。
「だって 貴方は…」
それが,店の門の中に倒れこんでいた君尋のまわりで燃え散っていく,アヤカシの,最後のことばだった。
顔を上げると,目の前に,炎を思わせるデザインの服をまとい,侑子がすっくと立っている。
「侑子 さん…?」
冷ややかな表情で見下ろす侑子に,不安げな君尋。そのとき,笑みが顔をおおった。
「お疲れ様」「わたしの頼み事は これで終わったわ」
侑子が左手のグラスをあおる。
“ぷはー”「こういうおつまみには やっぱり焼酎ロックよねー」
がらるっど(イモ焼酎)の一升瓶とさきイカなどの皿や器を間に,2人は店の縁側に腰を下ろしていた。
侑子が横目で見ると,君尋はうつむきかげん……。
「説明してくれなきゃやだーって顔ね」
そのほおを人さし指でつんつんとつつく。
「してくれるんですか」
「うん」
いっとき口を結んでから君尋は言った。
「結局」「おれは何を頼まれてたんですか」
「誘導,ね」
「あれは,あたしの店には決して近寄らないから」
「四月一日のところに来るのは 分かってたの」
からからと鳴るグラスと氷の音を聞かされ,君尋は,一升瓶の中身をグラスに注いだ。
「だから,まず四月一日を認識させて」「そのあと,ずっと付いて来させて」
「この店まで 来させた?」と,君尋。
「ってことは」「おれが,あれに返事しちゃってたのは 侑子さんが何かやってたんですね」
話しながら口にグラスを持っていった。そして,グラスをあけた侑子を見ると,まじめな顔でじっとこちらを見つめている。
「…侑子,さん?」
からんという音で,また焼酎を注ぎながら,君尋は口に出した。
「…あれが言ってたこと」「『戻って来て』って」