《xxxHOLiC・籠》再開第5回(第209回)
別冊少年マガジン:2010年11月号:2010.10.09.土.発売
電話の音に,お茶の用意をした角盆を持って通りかかった君尋が,受話器を取った。
「もしもし」
「こんにちは 四月一日君」
「こんにちは ひまわりちゃん」
笑みがこぼれる。
「昨日ね 出張から帰って来て やっと全部飲めたよ 菊酒(きくしゅ)」
「旦那さん戻ったんだね」
もらった9月9日にちょっと飲んだだけで酔って寝てしまい,翌日からの長期出張で飲めないのを残念がっていた。そう,ひまわりが話す。強い酒だし元々ほとんど飲めないだろうと気づかう君尋に,君尋が作った酒は好きだし,ほかの食べ物も自分が作ったものより箸が進むと言う。
「でも きっと,一番美味しいのはひまわりちゃんのだよ」「大事な奥さんの手作りだもの」「間違いないよ」
ひまわりは,あらためて菊酒の礼を言い,小羽が静と一緒に届けに来てくれたことを話した。
「前から綺麗な子だったけど 最近,益々綺麗になったわね」
「うん ‥‥ほんとに」
君尋は目を細めた。
君尋が盆を持って縁側をやって来ると,クジャクの羽根文様をすそにあしらった着物を服の上からまとっていた小羽が,振り返り,君尋の視線をいぶかしんだ。
「‥‥なに? 何かある?」
「いや」「本当に綺麗だなって 小羽ちゃんが」
はにかんで下を向く小羽。
「小羽ちゃんもそういう大人っぽいのが似合うようになったんだね 気付けは?」
おばあちゃんがしてくれるが自分で着られるようになれたら,と話す小羽に,腰ひもを結ぶなど手伝っていた君尋は,よければ教えようかと言った。
並べた和装のための品じなを見下ろし確かめる君尋。その全部,特に着物を借りることを気にする小羽に,それは自分が店を継いでから来たものだと説明。だが,小羽がまとう着物をあらためて見てみると,
「確かに」「侑子さんが着そうな感じだね その柄」
君尋が,左手をにぎった小羽の右手に自身の右手を重ねる。2人は目を見かわした。
あさって日曜日がお茶席だから,今晩来る静に明日にはおばあちゃんの家に届けさせる,と君尋。重いと気にする小羽に,無駄にでかくて力があるからこんな時こそ,と言う。
酒とツマミの盆を置き,縁側に腰かけている君尋。その隣であぐらをかいていた静が,かばんから箱形の風呂敷包みを取り出した。別の大学の教授から調べてもわからないのでと預かった教授が君尋に見てほしいのだと言う。
「前に確認してもらった札の出自もおまえの言う通りだった」「その前の方陣も術式も だから今回もおまえにだと」
静は,「そういう事に詳しい友人」と君尋のことを説明しており,教授は現実主義だが人智を超えた何かがあることも理解している,と話す。君尋も,資料の写真などで見ただけだが良いひとのような感じだし対価も律義によこしてくれる,と言う。
君尋は,包みから出した木箱を前に置き,静と向かい合った。
「願いは」
すわり直し,問いかけつつ,何かの気をただよわす箱のふたを両手で持ち上げる。静が応じる。
「それが何か知りたい,と」
次の瞬間,手に持ったふたは消え,君尋は,下部に何かの紋がはいったたくさんの同じ形状の流れ旗に取り囲まれた。そして,目の前に現れたのは,端正な,同じ紋がついた水干(すいかん)姿の少年。その目は君尋をしっかり見すえている。ここには正座をした2人だけ。静も木箱も,まわりで揺れる流れ旗以外は風景さえ,消えていた。
「誰ぞ」
「‥‥四月一日と言います」
少年は,それが真名(まな)ではなく,相手が術者であることも見通した。目をそらし,さびしげな顔をする。
「また 別の者の手に渡ったか」「我の役目も分からぬ者に」
「‥‥このまま 在るべき所には在れず朽ちるか」
君尋は語りかけた。
「貴方を今預かっているひとは 貴方がどういう存在なのか知りたいと おれに依頼して来ました」「直接会った事はありませんが,気持ちの良いひとだと思います」「貴方にもし在りたい在り様(よう)があるのなら 無碍(むげ)にはしないでしょう」
「何者ぞ」
「大学の教授です 民俗学の」
「みんぞく・がく?」
いぶかる相手に,手短に民俗学の説明をする。
「‥‥今度は虚偽ではないようだな」
その顔は,少し明るくなっていた。
「されど」「依頼されたと申したな 偽名・四月一日」
「そうですね」
「ならば」
「そなたが当ててみせよ」「我は,なんであるか」
少年は,ためすように笑みを浮かべた。