《xxxHOLiC・籠》再開第4回(第208回)
別冊少年マガジン:2010年10月号:2010.09.09.木.発売
スズムシの声が聞こえている。縁側に腰をかけていた君尋は,ふと前を見た。
「‥‥遙さん」
「こんばんは 四月一日君 いい夜だね」
9月になって過ごしやすくなったなどと話すうち,明日は9月9日で重陽(ちょうよう)の節句だと遙が言う。旧暦だから10月ではと返した君尋は,この節句は数に意味があると,五節句を問われた。
「人日(じんじつ)の節句 上巳(じょうし)の節句 端午の節句 七夕(しちせき)の節句 それに重陽の節句ですよね」
どれも旧暦上だったものが今の暦に合わせて祝われている,と言われ,うなずく君尋。
静は続ける。五節句は中国の陰陽思想に基づく。重陽は,陽の数である奇数で最も大きい9が重なる日だが,この重なりは陽の気が強すぎるため不吉とされ,それを払う行事がこの節句だ。
「邪気を祓い,長寿を願って 菊の花を飾ったり 菊の花びらを浮かべて酒を飲んだりして 祝ったんですね」
君尋が,同意する。
「でも,そう考えると 9月9日が一番陽の気が強いという事ですよね」
「そうなるね」と,静。
「という事は 一番 厄災も」
君尋が気づくと,ベッドの中だった。
「‥‥って」「また肝心な事を聞く前に目が覚めた」
体を起こし,息をはくと,ぼやいた。
夜明け前だが,暦的にはもう9月9日。あんな話を聞いてそのまま何もせずってワケにもいかないが,菊は店にないし見ごろは新暦10月の半ば過ぎ。
「出来りゃ はなびらに朝露が乗ったのが欲しい所だが」
ベッドから下りた君尋は,うっすらと笑みを浮かべた。
「ここは 借りを作る気で連絡するしかねぇか」
かくて,大きな菊の花束をかかえ庭にやって来たのは,雨童女。
夜が明ける前から使い鳥を飛ばして来て,昼までに朝露付きの咲いている菊を届けてくれとは……。
「この私に」「言って来るなんて 益々不貞不貞(ふてぶて)しくなったわね」
その腕にとまっていた使い鳥は,君尋の手の甲に飛び移るとかき消えてしまった。君尋が目を細めて話す。
「前に言ってたでしょう」「樹木草花,どれも育つには雨が不可欠 だから,それらの声は雨童女には誰より良く聞こえるって」
「‥‥良く覚えてたわね」
「大事な話でしたから」
だから,季節はずれでも手に入れられるツテがあるのではないかと思った,と言う。
「‥‥ふん この対価は高くつくわよ」
「有り難う御座います」
花束を受け取った君尋は,はっとした。
それは,彼のために座敷童が摘んでくれたものだった。君尋はその気に気づいたわけだが,気づかなければ傘でぶん殴った,と雨童女。そして,自分で持って来たがったが,今日は重陽,あまり強い気は座敷童には毒だから,と言う。
「新暦上の9月9日でも ですか」
意外そうな君尋。
「今 旧暦でものを考えてるヒトがいる?」
「祭事(まつりごと)はヒトが執り行うもの」「勝手に決めて 勝手に変えて 勝手に忘れていって」「その取り決めに振り回されるほうは たまったもんじゃないわよ」
「そのたまったもんじゃないツケは,どうなるんでしょう」
君尋の問いに,雨童女はひんやりした目で答えた。
「ヒトが払うのよ」「何時かね」
「おかえり!」
右手にかばん,左手に手さげ袋の静が,玄関のとびらをあけると,モコナの声がした。
「おう ただいま 頼まれてたもんあったぞ」
モコナが奥からすっ飛んで来る。
「ビーフィーターのサマーエディション! さすが百目鬼!」
ジンの角瓶にほおずりをすると,君尋も酒を作っていると話した。
角瓶を頭にのせて先を行くモコナ。静が君尋の酒が何か問うと,今日は節句だからと返す。
「9月9日か」「しかし,店(ココ)は 重陽の節句は旧暦に合わせてやってただろう それに 菊の花を飾るとかで酒は‥‥」
「でも今年は,今日やるんだと 菊酒(きくしゅ)も作るらしいぞ!」
「偉く力入ってるな 何かあったのか」
「夢でな」「視たんだって」
「凶兆でもあったか」
「いいや」
君尋の声で庭のほうを向く静。菊の花束をかかえた君尋が,こちらを向いて立って……いや,浮いていた。その足のすぐ下,庭一面が水だった。
「術で今だけ水を溜めた」
「重陽の節句に必要なもんに来てもらおうと思ってな」
「座ってろ」言われて,静は縁側にあぐらをかく。
「良(い)いっつうまで動くなよ 音も立てるな」
水面が揺れ,いっぽうで,君尋を包むように,彼の作り出す気が広がる。
てぃん
それは足音か。水面の1つ所に波紋が起こる。
菊の花から,露が,次つぎと水面に落ちていく。
そこここに現れる波紋。縁側からじっと見つめるモコナと静。そして……。
水面から,水粒が飛び上がると,菊の花の中へ……。花が,光を放つ。
「‥‥入ってくれたな」つぶやくと,君尋は縁側へと宙をかけた。
そこでは,マルとモロが水のはいったガラスのかめの口をあけて待っていた。君尋は,花束を中に落としこみ,ふたをはめて札で封をした。
ポゥと光がかめを包む。花束は,水に溶けるように消えていった。
「菊酒だ」「重陽の節句には必須だろう」
本当は,朝露を含んだ菊を9日間酒に漬けるが,思い立ったのが今日の夜明け前で間に合わないから,酒精(しゅせい)を呼んで手伝ってもらった。君尋が説明する。
「酒精は綺麗な水にしか寄ってきゃくれねぇからな」「この庭の水も術で清めてあるし 甕の中は,裏の井戸のだ」「おまけに 良い菊だったから」
モコナがとび上がって叫ぶ。
「いい酒が出来たって事だな!!」
早く飲もうとはしゃぐモコナに,かめごとは飲まさない,と君尋。
「マル,モロ グラスと作ってある菊のおひたし ツマミに持って来てくれ」
2人は,モコナと一緒に台所へとかけて行った。
「しかし なんで急に思いたったんだ」
あぐらの静が,縁側へ段を上がってくる君尋に尋ねた。
「まぁ,夢で遙さんに教えられたこととか雨童女に言われたこともあったんだが」「結局は」「節句の力を借りて厄を払えるんなら やらずに後悔するよりやったほうがいいだろうってな」「せめて,おれが息災でいて欲しいひとたちの分くらいは」
「‥‥っつうわけで 酒, 後で小羽ちゃんとおばあちゃんとひまわりちゃんにも届けろ」
「おう」
「さて」「後は 菊を飾ってっと」
言いかけるのを,静がさえぎった。
「おまえも飲め」
「飲めよ」
念を押す静。君尋はすなおに答えた。
「‥‥おう」