トップページデータノート「XXXHOLiC」ストーリー紹介(コミック版)

第207話

《xxxHOLiC・籠》再開第3回(第207回)
  別冊少年マガジン:2010年9月号:2010.08.09.月.発売
 
ちりーん
縁側の軒につるした風鈴が鳴っている。庭では,浴衣姿のマルとモロがモコナと水鉄砲を撃ちあっていた。背後から攻撃されて,悲鳴を上げつつ喜ぶ2人。勝ち誇るモコナ。そのモコナに,縁側の籐(トウ)椅子で涼んでいる着流し姿の君尋の水鉄砲が命中。
「後ろからとは卑怯なりー!」
「自分も後ろから撃っただろ」「つか,暑い中 良くそれだけ騒げるな」
「通り雨でも来りゃ まだましなんだろうが‥‥」
言いかけて,君尋は口を閉じた。
「‥‥雨は来ねぇが」「客が来た」
 
応接間。テーブルについていた若い女性は,願いがかなうのかと念押しする。
「それが俺に叶えられる願いで 貴方が,その対価を支払えるのならば」
「払います だからお願いします」「あのひとと付き合いたいんです」
それならこの店に来るより相手に直接伝えたほうが,と言う君尋に,言ったが相手にしてくれない,でもあのひとの彼女になりたい,と言う。君尋は,とまどい気味。
付き合ってるひとがいるとの噂もあるが負けないし,絶対わたしのほうが似合ってる。そんな話をしたあと,名前や生年月日が必要ではと,ハンドバッグから折りたたんだ紙片を取り出した。占いではないのでと言いかけた君尋に,占いもしてもらえるならお願いしますとにこにこしながらそれを渡すと,自身の名前などを書くため,ペンとメモ帳を手に取った。
押されっ放しの君尋がその紙片を開く。そこにあった名は,「百目鬼 静」。
 
夜。君尋が,縁側で柱にもたれワインを前に煙管を吸っているところへ,静が現れた。
「届けものだ」
頼んでないと言う君尋が買い物袋の中を見ると,新製品の缶チューハイがどっさり。君尋のケータイを使ったモコナのしわざだった。縁側に腰を下ろした静は,テレビで見てずっと飲みたがってたと説明する。
「マルー モロー ワイングラス持って来てくれー」
ぱたぱたやって来た2人が,静を見て「お帰りなさーい!!」ととびつく。
「これ冷蔵庫,冷やしといてくれ」
頼んだ君尋は,モコナがマンガを読んで今はゲーム中だと聞き,言い足した。
「今すぐ風呂掃除しろって伝えてくれ その酒の対価だってな」
 
マルとモロが行ったあと,静をじっと見つめた君尋がぼやく。
「昔っから 鉄面皮で食いしん坊将軍で ヒトの言う事なんざ聞かねぇし だから ひまわりちゃんから聞いても,全然分かんなかったんだよ」
「なんで おまえみたいなのがモテんのか」
「最近は小羽ちゃんから聞くけど やっぱり分かんねぇ」
静がでかい声の独り言だと言うと,聞かせるために言っていると答える。
「‥‥おまえ,当分店に来んな」
「依頼か」
今回は頼みごとはなし。小羽にもメールで知らせると話す。承知した静は,今日はかまわないと確かめると,当然のように宣言した。
「飯と酒 あとで風呂 その後,また酒」
「どこの関白亭主だ てめぇ」
 
台所へ向かいながら,君尋がつぶやく。
「やっぱ なんであいつが良いのかわかんねぇ」
そして,例の紙片を取り出した。
「本当に,どうしたもんかねぇ」
 
再び応接間。相性は,と依頼人の女性に問われ,占いはやっていないと答える君尋。代金は払うと言う依頼人に念を押すように尋ねた。
占いで相性が悪かったら? ―他の方法もあるのでは ―それでも悪かったら? ―良くなる方法を教えてもらう ―それを試してもだめなら?
「それを何とかしてくれる所なんでしょう!? この店!」
占いを繰り返しまじないや術を試してもだめならと,なお迫る君尋への答えは,付き合えるまでまだやっていない方法を試すということ。にこやかに話す彼女のまわりで,不気味な影がうごめきはじめていた。
側にいる人達を傷つけてでもやる。付き合っていても結納してるわけじゃないから別れればいい。年齢も身長も彼とちょうどいい,勤め先も同じ,大学の事務で一番話してる。大きなお寺だけど,ひとのあしらいは得意だし,檀家(だんか)ともちゃんとお付き合いできる。
「お庭のお掃除も ほら 百目鬼さん一人で大変そう」「今日は日曜日だからお家にいるのね あ,でも休日にいるって事は 付き合ってるってやっぱりデマ?」
「だから だから早く」「教えてよ 方法を」
依頼人は,テーブルに手をついて立ち上がった。
「止(や)めた方がいいと思います」と,冷静な君尋。
「出来ないって事?」
「いいえ,出来ます」
「だったら!!」
「けれど 貴方には対価が払えません」
君尋は語った。「憧れ」というのは,もともと「魂が隠れる」ことを「アクガレ」と言い,「魂魄(コンパク)」がどこかへ行ってしまう自分を見失う状態を表わしていた。今まさに魂が隠れてしまっている彼女の状態ではないか。
今や,部屋の四方に影は広がっていた。
「今,貴方は何処にいますか?」
「はあ?」「目の前に居るじゃない」
「躯(カラダ)は?」「魂だけ隠れて‥ 逃げて 本当の貴方は何処にいるんですか」
庭掃除をしているとか家にいるとか,見ているように言う。躯はこの店に来ていない。2度ともそこに座ったのは魂(タマシイ)だ。そう言い放った。
「何,それ‥‥」「まるで生き霊みたいな‥‥」
「その通りです」
依頼人の姿は,不気味な影におおかた隠れてしまっている。
君尋は続けた。ひとを好きになっても,そのために何をしても誰を傷つけてもというなら,もう好きとは呼べないモノになっているのかも。躯と魂が完全に別れはじめていて,これで占いや呪(マジナ)いの気に触れたらもう戻れない。
「ひとの心を欲するなら 対価は等しく」「欲したものの心でないと釣り合いません」
魂の伴わない躯からはいずれ心は消え,魂だけの存在はすでにひとと言えない。心がない彼女には対価は払えない,と……。
影がちぎれて小さくなっていくのにつれ,依頼人の姿も,欠けるように消えていく。
「‥‥わたし‥‥」
「他人(ひと)の心を変えるのは 本当に難しい事なんです まだ,自分を変えるほうが易しい」「もし間に合うなら 貴方の心を変えるほうが‥‥」
目の前の姿は影とともに消え去り,君尋は目を閉じてうつむいた。
 
「百目鬼か 今,庭だろ」「ああ 入り口んとこ行け 女の人が気を失ってる筈だから」
電話で,静にこまごまと伝える君尋。
救急車を呼び,ついてくのは近所のひとに頼んで自身は乗るな。
「あと,今日 こっち来い」「とびっきりの酒と おまえが最近買った袱紗(ふくさ),あれ持って」
「ああ? 対価だよ これから書く おまえ用の札のな」「詳しくは来てから話す」
 
受話器を置くと,横を向いた。
「あとは」「あのひと次第 か」
「そろそろ,数え切れない程 願いを叶えてきたけれど」「やっぱり一番難儀なのは ヒトの欲だなぁ」
「それは おれも同じ‥か」