《xxxHOLiC・籠》再開第2回(第206回)
別冊少年マガジン:2010年8月号:2010.07.09.金.発売
「射続けろ」
君尋の声で,静は弓に集中する。
「ごめんね 怖いね」「でも,あいつ ああ見えて 結構 役に立つんだよ」
直撃の深手はないもののふえていく傷にはかまわず,君尋は両腕でかかえこんだ「子」をなだめていた。
大きな悲鳴が響き,静けさが戻る。
「散ったか」
静の問いを否定する君尋。
次の瞬間,いっきに迫ってきた1本の手が,静の矢をかわしてその脇をすり抜け君尋の間近に……。
ぱぁん
二の矢がくだいたのは,縁側の酒瓶。飛び散る酒を浴びた手が,悲鳴を上げて消えた。
「なんで酒瓶を射た」
君尋の問いに,とっておきですぐ飲むのでもないのに盆の上に置かれ,瓶口の紐の結び方は封術(ほうじゅつ),ということは神酒(みき)だろう,と静が答える。
「祓えの力がある か」「おまえにしちゃ上出来だ」
まもなく,雨が上がり満月が顔を出した。
天空から,弧のようなものがこちらへとのびてくる。橋(ハシ)だった。
それが店の縁側につながると,その前に立った君尋は,すぐ脇に声をかけた。
「来たよ 迎えに」
{おかあさんじゃないの?}
「‥‥うん」「でも 今度はきっとおかあさんが言ってくれるから 『産まれて来てくれてありがとう』って」
「だから今は あの橋を渡って待ってて」「次(ツギ)を」
子の気配が,橋を上って行く。
橋は,下端からくずれていき,最後に天空のかなたにかき消えてしまった。
「依頼は果たした」「願いは 叶えられ‥‥」
言いかけて,縁側に立っていた君尋は気を失いすわりこんだ。
障子をあけてモコナが声をかける。
「大丈夫か」
「おれはな」
縁側の前の庭に立ったまま,静は傷だらけの君尋を支えていた。
「最近は四月一日が怪我する事じたい珍しかったからなぁ」
そう言うモコナに静が説明する。防除術のみを使い,それも静と「あの視えない子供」だけを守っていたようだ。小さな子みたいでこわがってむずかるようだったので,君尋自身を守っていたら,拒絶されたと感じてもっと恐慌状態になっていたかもしれない。
モコナは,家事はマルやモロ達,仕事は静達,と頼みごとをするようになった今の君尋は,ちゃんと分かっているから大丈夫だな,と言う。静も同意する。
「すまんな 怪我させて」
君尋の眠っているベッドにすがりついていたマルとモロは,静のことばに首を振ると「ありがとう」と抱きついた。
静は,床にすわりこんで荒い息をはいた。
「‥‥こういう時 医学部に行くべきだったかと思うが」
「なんで行かなかったんだ」
ベッドの上からモコナ。
勤務医になれば君尋の依頼につき合うのは難しいし医学でなおせないけがも多い。そう話す静の頭がたれたのを見て,モコナが言う。
「2人とも 夜中から明け方まで良く頑張ったな」「ゆっくり休め」
町中の民家。
「ごめんねぇ 大学の帰りに寄ってもろうて」
ビールを盆にのせて運んできた占いのおばあさんが,静に言った。小羽からは,友達と買い物をするのでもうちょっと遅くなるとメールがあったと言う。
「なかなか大変なお仕事やったみたいやね 今回のは」
「詳しくは知らんのよ けど」「頼まれ事したからねぇ」
その視線の先には,灰を入れた占い盆があった。
「そう そんな事があったんやね」「大変やったね 君尋君も 静君も」
「おれは寝ればすぐ回復します ただ 四月一日は‥‥」
「お店には来んようにって メールでもあったんかな」
「小羽ちゃんとこにも来とったよ ちょっと休むから心配せんようにって」「その怪我は 君尋君が,自分の力で治すしかないからねぇ」
あの「子」の正体について静が尋ねると,おばあさんは,グラスを持つ両手をひざに置いて視線を落とし,語りだした。
病気や事故でなく,誰かの都合で流された命であり,視せなかったのは,2人がつらくなるからだろう。
「特に小羽ちゃんは女の子やしねぇ その子の理由が分かったらもっとしんどいやろうし」
「‥四月一日がその子に 『もうヒトの都合で居たい場所から連れ出されたくはないだろう』と言っていました」
産み月でなかったということ。この世に出るのを楽しみにしていたろう。けど,店にたどり着いてよかった。迷い続ける子はつかまるから。
何も教えてもらわず亡くなったから,どうしていいか誰の言うことを聞いたらいいかどこへ行ったらいいかわからない。それで迷ってしまい,もっと寂しくなって呼んでしまう。いつも手の形ではないようだ。いろんなものが集まって名付けるのも難しい。店の結界を切ったなら相当のものだ。苦しい・痛い・悲しい・憎い・恨めしい,そんな思いが固まり,同じようなものを捕ってもっと大きくなり,また誰かを同じ目にあわせようとする。
あの子を欲しがるのは,心を取りこみたいからだろう。産まれたての赤ちゃんよりもっと無垢な産まれる前の子。その強い気持ち全部で,誰にも迎えてもらえない,産まれて来られないで寂しいと思ってしまうのか。けど,あれに捕られたらもう次はない。
「今度こそ この世に出てこられる機会」「かねぇ」
「すみません 色々お聞きして」
「いいえ 今やったら 君尋君のほうがずっと分かってるやろうけどねぇ」
「その四月一日に何か用があると メールにありましたが」
じぶんからではないが,取りに行って,君尋に届けてほしいものがあるという。
店。右手にかばんを下げ,左手に風呂敷包みをかかえた静が庭に現れた。縁側の君尋は,おばあさんから連絡はなかったが来るのはわかっていたと言う。
包みは,昔,君尋に鳥籠を届けてもらった骨董屋から,預かったものだった。
包みの中は,つり手もついた木の箱……。
「煙管(きせる)盆か」「あの子が居る間 おれが煙管すえなかった事 気にしてくれたんだな」
それが,あの子と一緒に待ったことの対価だった。
誰が寄越したと聞く静。
「さあ 誰なんだろうなぁ」
君尋は,中から煙管入れときざみ煙草入れを取って来た。
「どこの誰か いや,何かかもな が」「おばあさんに占いで知らせて おまえを使いにやって」「骨董屋にあるこれを寄越した」「それが全てだ」
さらにかかわればまた対価が必要だからこのまま受け取ると言う。
「いや おまえにも分からない事があるんだな」
「当たり前だろ」
君尋は,再び立ち上がると,あの神酒はだめになったから静に別の用意をと,マルとモロを呼びつつその場を離れた。
静は,何か気配をまとう煙管盆を見やってつぶやいた。
「‥‥次は 幸せにな」