《xxxHOLiC・籠》再開第1回(第205回)
別冊少年マガジン:2010年7月号:2010.06.09.水.発売
│ 世に不思議は多けれど
│
│ その店もまた/内(ウチ)のひとつ
│ 其店(ソコ)は願いを叶える店(ミセ)/自ら時を止めた店主が/継いで営む密事の場
│ 店は確かに在るけれど/すべてのモノには/開かれず
│ 縁ある時に/縁あるモノ/だけが
│
│ 識(シ)り/訪れ
│
│ 籠もる店主に/相見(あいまみ)える
│ 店では/どんな願いも叶う
│
│ 店主に叶えられる/願いならば
│ 貴方が/対価を支払うならば
ビル街の谷間にたたずむ洋館。その庭に立ち,煙管をふかしている着物姿の人影。
ぱたぱたぱた
足音が近づいてきて,声がかかった。
「四月一日」
「お客さまだよー」
マルとモロが連れてきたのは,かばんと2つの買い物袋を両手に下げた静だった。
客じゃないと言う君尋に,一応自分の家があるから客だとモコナが口をはさむ。白菜だけいいのがなかったと言う静だが,君尋は,6月じゃ無理か,ほうれん草も冬のがうまいんだが,などと品定め。
「マルー モロー 夕飯作るから手伝ってくれー」
袋を持ち,2人を連れて台所へと消えた。
残された静が,肩のモコナに尋ねる。
「‥‥どう だった」
「四月一日は相変わらずだった」
「おれが来なかった間 客は」
「‥‥来た」
「‥‥そうか」
庭に大きめのお膳を出しての静とモコナの夕食が終わったところに,君尋が酒の用意をした膳を運んできた。
それを見てはしゃぐモコナに,君尋が言い渡す。
「その前に マル モロと一緒に この膳 片付けろ」
「食べるの手伝った!」
そんなわめき声はほうっといて,後ろに声をかけた。
「言うと思った マルー モロー 下げてくれー」
「ちゃんとやらねぇと 飲ませねぇし食わせねぇ」
「我が最大の弱点を突くとは! 卑怯だぞー!」
2人が持ち上げたお膳の上で,まだわめくモコナに,ニヤリとして言う。
「そのかわり」「ちゃんとやったら とっときの大吟醸開けてやる」
「喜んで!!」
モコナはすばやくお膳の下にはいり,持ち上げる。
「さあ! モコナに続けー!」
驚く2人があとを追い,「モコナ ちからもちー」きゃきゃ言いながら中に消えた。
「扱いがうまくなったな」
「まあ十年も同じコトやってりゃあな」
酒の膳を置き,君尋も腰を下ろした。あぐらで向かい合う2人。
「‥‥十年も経ちゃ 言われる前に注(つ)ぐようにもなるか」
相方のグラスにまず酒を入れる静を見て,君尋がつぶやいた。
「今日も大学帰りか」
「まあ おまえがサラリーマンてのも想像出来なかったが 大学に残って助手とはなぁ」「大学院卒業したら てっきり 寺継ぐと思ってたんだが」
「まだ続けたかったからな」
「民俗学だっけ」
「そうだ」
「おまえだけじゃなく 小羽ちゃんまで 同じ大学で 専攻も同じ そんなに面白いか」
「ああ」
「面白いだけか?」
「学問だからな」「面白い事だけというわけじゃない」
「‥‥しぶといな おまえも」
「何がだ」
「さあな」
君尋は,タバコ盆の煙管に手を伸ばし取り上げるも,ん,という表情で盆に戻す。
静は,彼のいない間に来た依頼人のことを尋ねた。
「いるぞ」
君尋はふっと笑みを浮かべる。
「おまえの」「目の前に」
「どこに」
「だから目の前」
静はムッとして言う。
「右目 繋げ」
「おまえは視(ミ)る必要ねぇよ」
「‥‥何も感じもしねぇぞ」
「ああ それは無理ねぇよ」「この子の場合は」
子どもなので煙管が吸えないとぼやきつつ,依頼は迎えが来るのを待つことだと明かす。
あたりには,確かに何かがただよっていた。
縁側に何枚ものざるを置き,君尋と静が,そこに並べた梅干しを,はしでひとつずつ返していた。
やって来たモコナは,君尋に飛びつこうとして,彼が腰を浮かしたのでひっくり返る。
「っと」「ごめんな」
立ち上がった君尋のことばは,モコナに対してではない。静は,君尋にまとわりつくものの気配を察した。
小羽が庭に現れた。両手で少し重そうな包みを下げている。
「梅干し 分けて貰えるから 行っておいでって おばあちゃんが」
君尋がメールで知らせたのだった。
「これ おばあちゃんが漬けた梅酒だって」「君尋君に前にお福分けして貰ったので」
風呂敷を解くと,ガラスの密封瓶。
「お福分けなんて言葉 良く知ってるね おばあちゃんに習った?」
「ううん 百目鬼さん‥‥じゃないね 静君から」
「学校では百目鬼さんて呼んでるんだっけ」
「私は学生だから 色々教えて貰うほうだし」
「こいつからねぇ」
小羽は,みんなと夕飯を食べることになった。
早く梅酒を飲みたいモコナに,夕飯後だとくぎを刺した君尋は,モコナが上に乗ったままの梅酒の瓶を左にかかえ,下にやった右手のほうを見て声をかけた。
「おいで」
何かを感じる小羽。君尋は歩み去った。
「‥‥視えたか」
静のことばに,縁側に腰を下ろした小羽は首を振る。
「でも 何か 居るような気がする」「凄く微かで 分かり難(づら)いけど」
「五月七日(つゆり)でも見えないか」
「視えないように 君尋君がしてるんだと思う」「もう わたしより 今の君尋君のほうがずっとずっと強いから」
静が左手を小羽の頭に置いた。少しの間見つめ合うと,小羽は静の右手を両手で包むようにした。
「わたしにして欲しいことがあったら 君尋君 言ってくれると思う」
「君尋君に悲しい事や辛い事があったら 同じくらいわたしが悲しくて辛いって」「もう分かってくれてるから」
静は,小羽の右手をにぎり返した。
座敷でちゃぶ台を囲んでの食事が始まった。
君尋の料理をほめちぎるモコナだが,梅酒はここにと出したどんぶりを拒絶され,わめきたてる。耳の穴に指を立ててやりすごす君尋。
「このほうれん草のスープも 美味しいね」
教えてほしいと言う小羽に,君尋は快諾する。
「簡単だよ」「小羽ちゃん 料理上手だし」
「ありがとう」「わたしも出来るようになりたいんだけど」
「おかあさんにも教えてあげようと思って」
ぴしっ
その「気」に,はっとする3人と1匹。
「おかあさん お元気なのかな」
君尋は右手をひじの高さあたりで動かしつつ,小羽を促すようにうなずいた。
「‥うん 再婚して引っ越す事になって」「近所にスーパーとか買い物出来る所がなくて大変だけど 車の免許ももうすぐ取れそうだし 大丈夫だって言ってた」
ぴし
小羽はやはり気にするが,君尋はかまわず続ける。
「小羽ちゃんもおかあさんも」「今は幸せ?」
「うん‥‥」「すごく幸せです」
子どもの頭や動物の体をなでるようなしぐさをしつつ,君尋は脇のほうに語りかけた。
「ほら 大丈夫だ」「‥‥な」
「ごめんね 瓶もの 持って帰らせちゃって」
店の玄関。君尋のことばに,小羽が首を振る。
「おばあちゃん 君尋君の苺酒(いちごしゅ)楽しみにしてたから」
「お酒 相変わらず強いのは分かってるけど 飲み過ぎないようにって 伝えてね」
モコナは,今度は一升瓶5本などと言い出して,君尋に口をふさがれる。
送らなくていいのか,と静。
「うん まだ早いし大丈夫」「じゃあまたね」「モコナ君 静君 君尋君」
その目が,君尋の右脇に向く。
「またねって言っていいのかな」
「うん」「でも 出来たら早く」「‥‥来るといいんだけど」
君尋が答えると,小羽は身をかがめた。
「じゃあ またね じゃなくて 『ありがとう』」「さっきわたしを心配してくれたって感じたから」
おだやかな「気」の動きに触れ,喜んでくれたのかと聞く彼女に,君尋は,ありがとうって言われたの初めてだろうからと答えた。
「で」「おれに何をさせたい」と静。
縁側から見上げる月は,雲に隠されようとしていた。
「おれだけ残して 五月七日をひとりで帰した それにその酒」「『余程の事がない限り開けねぇ』って宣言してたヤツだろう」
すわっている2人の間に,上等そうな角瓶が置いてある。
君尋は,静が指ぬきを持っていることを確かめると話しはじめた。
「この子を目当てに店に来るものを 祓ってくれ」
「この子達は」「奪(ト)られ易いから」
待っているもの以外にも来るものがいるのだと言う。
「それに」「こんな日は尚更だ」
降り出した雨は,まもなく土砂降りとなった。見上げて静がつぶやく。
「曇天や雨の日は魔が寄り付き易い か」
明日,大学に行く時間までに終わるだろう。しかし,この子を攻術(コウジュツ)の気に当てたくないので自身は結界しか使えないから,ただ射ればいいといってもかなり面倒だと思う。指ぬきを左人さし指にはめた静に,君尋が説明する。
そして,中に入ろうと立ち上がりかけたが……。
「いや?」
店の中のほうがもっと結界が強く張れると話すが,見えない相手は不同意のよう。
「‥‥そうか この庭を好きになってくれて嬉しいよ」「それに」
「もう ヒトの都合で」「居たい場所から無理矢理連れ出されたくないもんな」
それを聞いて,静の頭にひらめくものがあった。
無理というのではなく難しくなっただけだが,静も雨中で付き合うことになるという君尋の説明に,問題ないと静。
「それでいいか」
静が,その「子」に声をかけた。
「‥‥嬉しい ってさ」
君尋が伝える。
ごごごごごごご
2人が見上げる空から,不気味な音が響いてくる。君尋は縁側に片ひざを浮かしてすわり,静は縁側のすぐ前の地面に立っていた。
音は耳をつんざくような大音量となり……。
大音響とともに,庭に巨大な手のようなものが何本も突き立った。衝撃が続き,君尋が言う。
「結界破れちまったか よっぽどこの子が欲しいんだな」
静は,弓を引きしぼり,「矢」を放つ。
ぎいいいいいい‥
矢を放つ音と異形のものの悲鳴が交錯する。
いつまで射ればいいと言う静に,いつかは不明だが迎えが来る,それまでだ,と君尋。
ぱぁん
いっときに十を超える光の筋が放たれ,いっせいに黒い腕どもに襲いかかった。
悲鳴がこだまする。
「祓具(はらいぐ)使い続けてると そういう芸当も出来るようになるんだな」
あたりを見ていたその君尋の顔が,こわ張る。次の瞬間,
ぴし
襲いかかる「気」がいく本もの筋となり,彼の服を,皮膚を,切り裂いた。