トップページデータノート「XXXHOLiC」ストーリー紹介(コミック版)

特別読み切り

 新緑薫る季節。その風が巡るように開かれた障子の向こうで、四月一日は逡巡していた。右手には筆。眼前には、半紙と硯。
 「出来たか、四月一日〜」
 とことこと足音を立てて、ラーグがやってくる。
 「や、まだだ。」
 彼が考えていたのは、華押。自筆であることを示す、署名代わりに用いるものだ。
 「モコナが考えてやろうか。すっごいの!
  やっぱインパクトは大事だよな!超合金にしやすそうなの!
  あと変形!これは外せないぞ!」
 「なんで華押が超合金になって変形しなきゃなんねぇんだよ」
 予想通り脱線するラーグに、白けた目で突っ込む四月一日。「特撮ヒーローみたいな華押!」と、なおも主張するラーグを左手で捕らえる。
 「大体は名前の一字を崩したものとか、自然物を図案化したものが相場だろう。
  花とか、蝶とか…」
 蝶。その言葉にはっとする、四月一日とラーグ。しばしの、沈黙。そこに、雨音が包み込む。
 「晴れてるのに、雨だ。」
 「狐の嫁入り、か。」
 陽が照る中で降り注ぐ雨を見て、四月一日は思い立つ。
 『鏡聴』。鏡を懐に入れ、目を閉じて初めに聞いた言葉を『兆し』とする。狐の嫁入り下で行う鏡聴は精度が上がり、より深く確かな兆しを得ることができる。
 何も考えず、目を閉じて、耳を澄ませる…。かつて侑子から教わった通りに、彼は試みる。
 
 キィイィ…
 「?」
 「鳥が…」
 なじみのある声に、彼はハッとする。
 次の瞬間。右の人差し指を止まり木にした小鳥と共に、小狼が、そしてファイ、黒鋼、ソエルが彼の眼前に現れる。
 「お帰り!!」
 「ただいま!!」
 まず一番に再会を喜んだのは、ソエルとラーグ。ソエルは小狼達と旅に出て以来、久しぶりの帰還である。その様子を穏やかな目で見ながら、ファイが声を掛ける。
 「よかったね、モコナ。それに小狼君も」
 「…いらっしゃい。」四月一日の言葉に、小狼は「やっと来られたな、店(ここ)に。」と応じる。
 
 そして。
 満月が中天に差し掛かる頃。屋敷では宴が催されていたが、ソエルとラーグは、騒ぐ・跳ねる・飲むの末、疲れて先に眠ってしまった。「そーっと、そーっと」と言いながらシーツを掛けるマルとモロ。寄り添い、幸せそうな寝顔を見つめながら、ファイはグラスに入れたロックの洋酒を手に「それだけ嬉しかったんだよ」と、長い旅路を振り返る。
 「何日目だ、俺達がこの服で玖楼国から旅立ってから。」
 「五百二十日。オレ達にとっては。」
 黒鋼が手にした杯に燗酒を注ぎながら、彼は答える。
 「でも、彼にとってはもっと長かったみたいだね。」
 庭先で小狼と語らう四月一日。こうして二人で話すのは、飛王が最期に生み出した絶望の闇に取り残された時以来である。小狼は、四月一日のその後を聞いていた。
 「…そうか、今、店は…」
 「うん、おれが店主ってことになってる。」
 「あと、預かっててもらった眼鏡も割っちまってごめん。宝物庫に置いてあるんだけど…」
 「気にしないでくれ。」
 そう答えたあと、じっと四月一日を見る小狼。
 「…強くなったんだな。力も、心も。」
 「そうだと、良いんだけど。」
 歳月を経た彼の変化を、彼は鋭く感じ取る。
 「さくらちゃんには逢えた?」
 「いや、まだだ。
  でも、きっと逢えるから。」
 そう答える小狼の表情に、不安の色はない。そんな彼を羨ましく思いながら、四月一日は
 「そうだな。
  夢は強く願えば叶うから…。」
 と夜空を見上げつつ答えた。
 
 それから。
 再び旅立つ時を告げる、ソエルの耳飾りが光を放つ。
 「大丈夫だ、また逢える」「うん!!」
 別離を惜しむソエルとラーグの横で、黒鋼とファイが四月一日に礼を言う。
 「世話になったな。」
 「五日も居候してごめんね」
 「いえ、その代わり買い物とか料理とか手伝って貰えて助かりました。」
 「百目鬼君にもよろしく。」
 一方、黒鋼は少し心残りが。
 「あいつ、今度とっときの酒持って来るって言ってやがったのに…」
 「百目鬼の酒は置いておくよ。また来てくれた時用に」
 そして、いよいよ旅立ちの時。
 「ありがとう。」
 小狼の言葉と連動するかのように、ソエルの背中から翼が現れる。
 四月一日は、すぅと息を吸い、目を閉じる。すると、彼の体から妖気が漂い、ソエル、そして小狼達を包み込む。
 「これは…」
 「今のおれなら、小狼君達が行く次の世界がさくらちゃんのいる所であるように手伝えるかもしれない。」
 「けれど、対価が…」
 「もう貰ってある。この店に来た時に。」
 「え?」
 別人のような表情を見せる四月一日に、小狼がやや驚く。しかし、すぐに我に返り、
 「さくらに必ず伝える。逢えるように助けてくれたこと」
 と残す。
 
 彼らが消えた空を眺めつつ、四月一日が呟く。
 「さくらちゃんがいる世界に行けたかな?」
 「大丈夫だ。きっと」
 ラーグが答えた。
 「そうだ、小狼から貰った対価ってなんだったんだ?」
 「華押を決めようと鏡聴した時の『兆(きざし)』だよ」
 四月一日は、ポケットに手をやる。
 「あの時小狼君が『声(おと)』をくれた。
  華押は一生使うもので、おれみたいな生業には護り印も兼ねるから、十分対価になる。」
 彼は四つ折りにした半紙を広げる。描かれたのは『鳥』。翼にも見えるその形は、小狼との強い絆をも感じさせる。
 「彼らの旅に、幸多からんことを」
 彼らに言葉を手向ける四月一日の姿は、かつての侑子を想起させるに十分だった…。
 
注釈:ラーグ=黒モコナ(XXXHOLiC)・ソエル=白モコナ(ツバサ)
(執筆:ずんける)