トップページデータノート「XXXHOLiC」ストーリー紹介(コミック版)

第203話

《xxxHOLiC・籠》第203回
  ヤングマガジン:2010年15号:2010.03.15.月.発売
 
店の座敷,正座をした君尋が,満開の花をつけた枝を生けている。
「ごめんください」
庭からの声に顔を向けると,狐のおでん屋の子どもが立っていて,縁側に出てすわりなおした君尋に,風呂敷包みを差し出した。
「あ あの これ」「新しいの作ってみたんだ」
塗りの箱には,丸いお菓子がぎっしり。君尋が教えた鈴カステラだった。
君尋が口に入れると,心配そうに見つめる。
「美味い」
「ほ,ほんと?」
父親にも屋台に置くことをきっと認めてもらえると聞き,ほっとした様子。
「本当にえらいな 自分で作ったカステラを売って お父さんのお誕生日にプレゼントあげるなんて」
言われて,恥ずかしそうに頭を振る。
「今まではずっと お花とか摘んできたりしてたんだけど 今年はあげたいものがあったから」
ぴょこんと縁側に腰かけた狐の子は,前掛けがくたびれているから新しいのを,と言う。
「あ あ! でも お父さんには言わないでね」「カステラのお金はお小遣いにしたいって言ってあるから」
君尋は,言わない,このまえ屋台ごとおでんを売りに来てくれたときも言ってない,と安心させる。
「お父さん,きっと喜んでくれるよ」
そして,ほおを赤らめる狐の子から視線をはずすと,つぶやいた。
「さて」「おれも用意しとくか」
 
君尋が,酒の用意もして縁側に腰かけ,煙をくゆらせているところへ,静が顔を出した。
「ちゃんと家寄ったか」
「ああ」
君尋の横に腰を下ろす。
「おれに言われないと今日まで外泊するつもりだったって,どうよ」
「家(うち)のひと達は気にせんがな」と,静。
「けど,今晩はちゃんとおまえの好きなもんばっかだったろ」
「誕生日だもんな おまえの」
あっさりと言うその横顔に,静が目をやる。
「しかし,これ程似合わねぇ誕生日もねぇな 三月三日」
一転,ちゃかす君尋に,静は淡々と説明する。
雛祭りは上巳(じょうし)の節句,3月上旬の巳(み)の日だったのが,変動しないよう3月3日になった。季節の変わり目は邪気がはいりこみやすいとされ,基本的には「厄よけ」が目的だ。桃の節句とも言うが,旧暦3月3日がその季節というだけでなく,桃に邪気を祓う力があるとされていたから桃の節句になった。邪気は鬼とも呼称され,鬼退治をするのが桃太郎なのはここからだ。
「だから,女子だけの節句ってわけじゃねぇよ」
ガラスの杯を空けると,ひさげ〔提子〕から酒をつぐ。君尋も杯を手に取った。
「無駄に大学行ってるわけじゃねぇってとこか」「桃は邪気を祓う か」
座敷では,君尋の生けた桃の花が咲き誇っていた。
 
「なるほど そう考えると おまえらしい誕生日って言えなくもないのかもな」
君尋は,左手で右のたもとの中を探ってから,静に見せるようにその手を開いた。
手のひらにのっていたのは,矢羽根の文様がはいった,指ぬきのような指輪だった。