トップページデータノート「XXXHOLiC」ストーリー紹介(コミック版)

第202話

《xxxHOLiC・籠》第202回
  ヤングマガジン:2010年14号:2010.03.08.月.発売
 
「あー つまんない」
重ねたクッションに身を投げ出した女郎蜘蛛だったが,すぐはね起きた。
三味線をすぐ弾いてと言われ,宝物庫にあるからと答えた君尋は,
「居るじゃない そこに」
指さす先に引き戸に立てかけた三味線があるのを見て,驚いた。
 
てぃんててん てぃん…
ガラスのひさげ〔提子〕と杯を横に,君尋が縁側に腰かけて三味線を爪弾いている。
ふと,横を見る。
「今日のお客は なかなか大変だったようだね」
遙が腰かけてタバコを吸っていた。
モコナと管狐とで洋酒の良いのを10本は空けた。蟒蛇(うわばみ)には蜘蛛もありか。君尋がぼやく。
「その間 四月一日君はつまみ作りに精を出したと」
遙が笑いながら言う。
君尋は,「あと これです」とため息をついて弦を鳴らし,2曲しか弾けないのに別のをとか,モコナは演歌やアニソンを要求するしと,てんまつを語る。
 
そして,手元に目をやったまま,ふっと言った。
「‥‥女郎蜘蛛に言われました」「眼鏡 もう いらないんだろうって」
「そうだね」「君の左目は ある意味もう視力で『視て』いるわけではないから」「だからだろう」
君尋は,あってもなくても同じだからはずし忘れてしまうと言ったあと,心の内を話した。
お客として侑子に会ったひとが彼女を知らないと言ったとき,怖かった。さらに,雨童女が言っていた「存在自体あり得ない」の意味がわかり,信じていた両親の記憶や過去が事実かどうかわからなくなり,もっと怖くなった。知らない間に侑子のことを全部忘れ,記憶からも消えて,でも自分には消えたことさえわからないとなったらと考えて,本当に怖かった。
「だから,あのひとのものを身につけているのかな」「出来るだけ忘れないように」「もし忘れても思い出す寄す処(よすか)になるように」
「全然 似合ってないのは分かってるんですけどね」
「そんな事はないよ」「煙管(きせる)を吸う姿も堂に入ったものだ」
「それに,もし今は似合わないとしても 時が経てば身に馴染む」
「不安定な自分が周りに与える影響を最小限にする為に 自分の中の時間を止めて この店に籠もって」
「その為,強くなる力は 止めずに更に育てて 静や小羽ちゃん,他に少しでも君に関わるひとたちを助ける事に使って」
「そして あのひとの願いを叶える為に ずっとここに在(い)る」
「君はそれを選んだんだろう」
「‥‥はい」と,君尋。
 
「さて」「願いを叶える術(すべ)と煙管は上達したが」「そっちはどのくらいのものか 聴かせて欲しいねぇ」
まだ2曲しかとあわてる君尋に,口説くにはじゅうぶんと言い,羅宇屋(らうや)と同じことを言うと返される。
 
君尋は曲を弾きはじめた。
遙が,三味線は君尋を気に入っているようだと言う。その割には宝物庫から好き勝手に出歩く,と君尋。猫は気まぐれなものと応じる遙。
曲は,その三味線が教えてくれたうちの1曲だった。「粋だねぇ」と言う遙は,唄つきでと持ちかけるがそこまではとこばまれると……。
「逢うて」
みずから唄を節に乗せていった。
「逢うて 嬉しや 別れの辛さ」てぃん てぃてぃん てぃん… ててぃいん
「逢うて 別れがなけりゃよい」てぃん
てぃてん てん てぃぃん
「惚れりゃ しょうことがないわいな」
てぃ…ん
杯の酒には,紅い月とあのスカートのようなものとが映っていた。