《xxxHOLiC・籠》第201回
ヤングマガジン:2010年13号:2010.03.01.月.発売
「手に入ったようね」
重ねたクッションにもたれて君尋が待つ板の間の障子に,影が映った。
モコナは,女郎蜘蛛が来て客用のいい酒が飲めるとはしゃぐ。いっぽう,無月は「しゃーっ」と威嚇する。
君尋は,すわり直して客を招いた。
「いいの? 前の部屋じゃなくて」
「他にも仕掛けはありますし それに‥‥」
「貴方の依頼品はここにありますから」
右手を開くと,紅い真珠が現われた。
「なんだと思った?」
いたずらっぽく尋ねる女郎蜘蛛。君尋は,水盆で見た「すそ上がしぼられたスカートのようなもの」を思い起こした。
「‥‥人魚」「の‥」「肉を食べた人間」
「正解」と,女郎蜘蛛。
そうして長生きした者を「八百比丘尼(ヤオビクニ)」と言うことを君尋が知っていたことで,店主がダテでないと認めた。
「まだ数年です」
「まだ ね」
四つんばいで君尋のそばへにじり寄る。
「でも,時間は流れていくわ 今は小さなズレでも それはどんどん大きくなる」
自分も死ぬと言う君尋に,まわりにいる人間よりはるかに長生きする,と話す。
「あの八百比丘尼のように」
話は続く。
あの子は,わかっていながら何度繰り返しても,一緒にいてくれる人間を探していた。今回の人間とは長かったから,もう紅い真珠は創れないかもしれない。なぐられていることも知っていた。昔,心配させないようにけがをすぐ治して,その場で人間に逃げられたことがあり,すぐには治さないように気をつけていた……。
最後に,つぶやいた。
「治さなければ痛みもそのままなのに」
「‥‥貴方は‥‥」
言いかけた君尋の首筋に人差し指のつめが伸び,血のしずくが飛んだ。
「この傷も 今はまだこのままだけれど」「いつかは 八百比丘尼(あの子)のように 怪我もすぐ治ってしまうかもしれないわね」
流れる血をなめようと,傷に口を近寄せ,ささやく。
「貴方の力がもっと強くなれば」
眼鏡も,それがなくても「視える」からもういらないだろう,とも言う。
「そうなれば 貴方は人間なのかしら」「それとも私たちと同じ存在(モノ)?」
その口を君尋の口に近づける。
「分かりません」
女郎蜘蛛は,顔を少し離した。
「でも もしおれが人間(ヒト)でもそうでなくても」「おれの大切なひとや存在(もの)達にこの力が少しでも役に立てばいいと思ってます」
「だから この店を継いだの?」
「‥‥そうですね」
いっとき目を閉じた君尋は,相手をまっすぐ見すえた。
「正しくはないかもしれないけれど おれが選んだ事ですから 後悔しないように」
「だから」「会いにいってあげてください あのひとに」
「この真珠を渡す時 言ってました」「『貴方もわたしと同じでしよう』って」
それは,歳を取らないというだけでなく,彼女の場合は,心が傷だらけになっても,まだ一緒にいてくれるひとを待っているということだ,と君尋は話す。
「勿論」「選ぶのは貴方です」
真珠は,その手から相手の右手のひらへと,落としこまれた。
「やっぱり 本当に 可愛くなくなったわ」
おだやかな顔で言う女郎蜘蛛に,君尋は笑みを返した。