《xxxHOLiC・籠》第196回
ヤングマガジン:2010年7号:2010.01.18.月.発売
マルとモロが,水盆を庭に置いた。巻かれて輪になった糸を取り出した君尋が,縁側に腰かけた静に説明する。
「蜘蛛の糸だ」「女郎蜘蛛から受け取った 本当の手付け代わりかな」
縁側にモコナと並び,心配そうにしている無月には,何も仕込まれてないことを確かめたと言い聞かせる。
「おれが把握してる限り 今,この店に紅い真珠はないし見たこともない」「それがどんなカタチでどんなモノなのかも 分からない」「知ってるのは」
「女郎蜘蛛か」
静の声に,君尋は続けた。
「だから在処(アリカ)は 糸(コレ)に辿って貰う」
水面の揺れが落ち着くと,まるい月が浮かび上がったが……。
「月が‥‥紅い」
君尋のことばに,モコナが返す。
「空のは 白銀(シロ)いぞ」
君尋がそこに落としこんだ羅針盤が水面で回りはじめ,右手の糸の輪からは,先端が,真下の盤へと垂れていく。
羅針盤に当たった先端は,向きを変えると塀を越えていった。糸のすれるしゅるしゅるという音が続く。
しかし,それは突然,水盆から離れたばかりの所で。
「‥‥切れた」静の声。
「でも 着いた」「蜘蛛の糸の先は」
切れた糸の端を見ながら,君尋は言った。
「紅い真珠のモトへ」
いっぽう,羅針盤は沈み,水面には月が……。
目を見開く君尋。紅い月に重なって,すそ上がしぼられたスカートのようなものが揺れている。
{今のは‥‥}
「どうしたの,四月一日」と,モロ。
「出来ることある?」と,マル。
両側から2人に腕をつかまれ,君尋は我に返った。
「大丈夫だ」「ありがとな」
気を取り直し,静に声をかける。
「さて」「おまえの出番だな」
「良かったのか」「おれに付き合って」
「大丈夫」「おばあちゃんにもちゃんとメールした」
コート姿の静と小羽が,人の行きかう町中を歩いている。
「わたしが居て役に立つなら嬉しいし」
「助かる」
静のことばに,小羽はかすかにほほえんだ。
「視えてる?」
「‥‥ああ」
2人の前には,1本の糸が,波打ちながら通りのかなたへとのびていた。
前は君尋の感情が揺れたときに視えたが,最近は見せたいときに視えるようになったみたいだ,と言う静に,君尋の力が強くなったからだと思う,と小羽は答えた。
2人は,マンションの前で足を止めた。小羽がつぶやく。
「‥‥ここ?」
糸は,最上階のベランダに届いていた。