ヤングマガジン:2009年36・37合併号:2009.08.03.月.発売
「‥‥百目鬼」
「おれは,この店を継ぐよ」
侑子の着物を肩からはおって,君尋が言った。
「侑子さんがおれの最初の願い叶えてくれるっていったけど」「このアヤカシが視える力は無くさない」
その力で,色んなヒトやヒトでないものの願いをかなえ,この店を守り,侑子にまた逢えるのをずっと待つ,そう続けた。
学校に通いながらかと不審げに問うた静は,「行かない」という返事に表情がこわばる。
「じゃないな」「行けない」「おれはもう この店から出られない」
君尋はつけ加える。
「‥‥どういう意味だ」
答えは,「対価だから」
「ずっと待つって決めた だから」「おれは おれの中の『刻(トキ)』を対価にする事を選んだ」
だから,店から出られず,年も取らない。
「それは,死なないって事か」
静が尋ねる。
「死なないイキモノはいないよ」
「どんなに願ってもヒトは死ぬ」
「だから おれも死ぬ いつかは必ず」「でも それまで」
君尋は,落とした目線を上げ,相手をしっかり見すえて言い切った。
「侑子さんに逢えるまで」「ずっと ずっと」「この店で待ち続ける」
そして,それ以上静を見ることなく,その横を通り,部屋から出ていった。
残された静は,左手のタマゴを見た。
「これが」「あいつの ‥‥選択か」
「だから,これは一度だけ いや‥一度しか使う必要がないのか」
「確かに‥‥」「あいつには使えない」
いっぽう,君尋は,縁側のタバコ盆のところに来て侑子のキセルに目をとめ,手に取って吸ってみるが,みごとにむせてしまった。それでも,気を取り直しあらためて吸ってみる。
片ひざを立て,それがふつうのことであるかのように,君尋は煙をくゆらせた。