ヤングマガジン:2009年25号:2009.05.18.月.発売
君尋は,まったくの闇の中にいた。
「これ また夢か」「何時の間に寝ちまったんだろ おれ」
「しかし,せっかく夢なんだから真っ暗はないよな」
不安を打ち消すように,しゃべりつづける君尋。
「ま,でも さっきの現実と区別がつかないっていうのよりは」「こっちのほうがましかもな」
「侑子さんの事 みんな知らないなんて」「全部夢だから」
「‥‥いいえ」「夢ではないわ」
侑子の声に,君尋は前を見てあぜんとした。
侑子は,宙に浮いていた。いや,手足を触手のような物にからめとられ,うつぶせにつるされていた。
近寄ろうとしたが,足が動かない。触手は手足から胴のほうへと伸びていく。
「これは現実(ホントウ) これは現在(イマ)」「止まっていた刹那(トキ)が動き出しただけ」
君尋が動けないのは彼が動く「瞬間(とき)」ではないから,と侑子の語りが続く。
彼女は,本来すでに存在しないはずなのだが,ただここにいてほしいと願った,ある人の願いが強すぎて,消えなかった存在(モノ)だった。その強さゆえに止まった刻に留められた。それは2つの世界・2つの未来のためだったが,選択がなされた今,刻は動き出し,彼女も進むのだと……。
君尋は叫んだ。
「全然分かりません!」「他の世界!? ふたつ!? 知ったこっちゃないです!」
「おれにとっての世界は」「おれの目の前ひとつです!!」
侑子が目を見開いた。
選択と言われても自分は何も決めてない。それなのに……。
「おれの大事なひとの何かが決まるんですか!?」
「‥‥そう,ね」
「でも」「あたしは 貴方が産まれる前に」
「死んでいるの」
かまわず,君尋は続ける。
彼女に会ってから,いろんな人や人でないものに会い,そうして自身も変わった。話している君尋の目からは,涙があふれてきた。
「でも,それ全部最初は侑子さんにあったからで!」
「ありがとう」
侑子は,いまや涙がほおを止めどなく伝う君尋に向かって言った。