ヤングマガジン:2009年21号:2009.04.20.月.発売
「最低でした」依頼人がはき捨てた。しかしそれは,君尋のおむすびを食べたあと,自分で作って食べたおむすびのことだった。
ダイニングキッチンに立つ3人。
彼女は話した。やさしい味がしたおむすびに,自分のことを考えて作ってくれたと思い,君尋のことばを信じてみようと思った。そして,自分で作って食べてみた。結果……。
形だけきれいでも,何の味も特徴も個性もない。料理に自分が出るなら,その中身が何もないということ。それを知ってたからこそ,自分で作ったものを食べたくなかった。
「誰よりも自分が嫌いなんだもの」
そこまで一気に話すと,依頼人は手で顔をおおって涙を流した。
「‥‥ごめんなさい」「貴方を傷つけようとか‥‥思ったんじゃないんです」
君尋があやまると,わかっていると言いつつ,テーブルの手下げ紙袋を取り上げた。
「私が作ったおむすびです」
彼女は,自分できらっているものを今まで他人に食べさせていたと気づき,これを渡してもいいか一晩中考えたと言う。
「でも これが,今の私だから」「教えてもらうなら 今の私を知っていて貰ったほうが良いと思ったんです 先生」
「先生」にとまどう君尋。
「でも,おれでいいんですか」
「貴方にお願いしたいんです」「気付かせてくれたひと ですから」
こんな自分の作るものを毎日食べてもらうなんてできないと,結婚取りやめを頼んだ相手も,自分の味が決まるまで待つと言ってくれた,そのことを話す彼女の泣き顔には笑みが浮かんでいた。
おむすびの紙袋を持ち,君尋が話す。
「貴方がどんなひとか教えても良いと思ってくれたんですから」「大事に頂きます」
「貴方にとって料理って本当に大切なものなんですね」
「‥‥はい」
門の前。
「あの店は 何か不思議な力で願いを叶えてくれるんだと聞いていました」「でも違うんですね」
「貴方は,毎日通って下さって」「その気持ちで私を動かして下さいましたから」
静は,ずっと無言のまま,やりとりを見ている。
「いや おれがそれしか出来ないだけで」
「侑子さんだったら もっと違ったと思います」
君尋は,遠くを見やった。