《xxxHOLiC・戻》第44回
ヤングマガジン:2015年41号:2015.09.07.月.発売
「うーん」
庭の茂みの葉を指でつまんだ君尋は,顔を曇らせた。
「ここんとこ 雨が降らねぇせいか ちと へたっちまってるなぁ」
上を見て,
「水やり…は」
「しなくていいみたい ですね」
横を見てにっこり。すると,“ざぁあああ”本降りである。
「ちょっと」「私をジョウロの代わりにしないでちょうだい」
視線の先には,いつもながらゴスロリの雨童女(アメワラシ)が,傘をさして両足を広げ,すっくと立っていた。
「庭木の水やりの手間,省くために 来たんじゃないわよ」
「依頼に来たわ」「店主代理」
お茶と和菓子をのせた角盆を前に,雨童女は,屏風を背にしてすわっていた,が……。
「やっぱー 簀(す)の子の上!!」
下を指さす。
「いや,お気に入りなのかなと」
「気にいってないわよ!」
モコナは,面白がって簀の子の上を歩く。
「どけましょうか」
「このままでいいわよ!」
面倒くさそうに言うが,モコナは,口を両手で押さえて笑いをこらえ,
「気にいってる 気にいってる」
しかし,殺気ばしった目でにらみつけられ,「ひゃー」と,退散した。
「お茶はまぁまぁよ 相変わらず」
「恐れいります」
前に正座して応じる君尋のかげから,モコナが,ようすをうかがう。
雨童女は,八百比丘尼(ヤオビクニ)が来たことを,女郎蜘蛛から聞いて知っていた。
「…紅い真珠を 手にいれたんでしょう」
「だとしたら」
「譲って頂戴」
両手を重ねてひざに置き,正面から君尋を見つめて,言った。八百比丘尼はもう紅い真珠をつくれないだろうと女郎蜘蛛は言っていた,と聞くと,魂を削ってまで泣くなど女郎蜘蛛がさせないだろう,と同意する。
「おれの手元に 紅い真珠は ひとつしかありません」
「ええ」「そして,きっと もう 手に入らないでしょうね」「八百比丘尼は 人魚の肉を食べた人間のこと」「今の世で ひとが人魚に逢うことじたい,稀… いえ」「皆無だわ」
「だとしたら 尚更 あの紅い真珠への対価は」「とてつもなく重く 大きい でしょうね」
店主代理は,淡々と話す。
「でも 必要なのよ」
理由を聞かれ,
「座敷童(ザシキワラシ)が消えない為に」
そのことばで,相手の目が見開いた。
「座敷童に… 何があったんですか」
「言えないわ」
君尋は,たまらない。
「おれに出来る事は」
「ないわ」
「会えば何か」
「分かるでしょうね」「でも,あの子が嫌だと言ってるの」「四月一日 貴方にだけは 今,逢いたくないと」
一瞬,ことばに詰まる。
「紅い真珠があれば…」「座敷童は消えないんですか」
「絶対とはいえない どんなことにも 絶対はない」「でも 可能性があるなら 手に入れる」「出来る事があるなら やるわ」
目をふせぎみに言い切ると,雨童女は,再びまっすぐ君尋の目を見た。
「だから 譲って頂戴」「対価は 覚悟の上よ」