《xxxHOLiC・戻》第45回
ヤングマガジン:2015年45号:2015.10.05.月.発売
夜である。君尋は,店の縁側に腰かけ,前で組んだ両手の甲にあごをのせて,考えこんでいた。
「…だから」「玄関から入れって言ってるだろうが」
近づいてきた人影に,顔を上げないままで,言う。
鞄をさげた静は,その顔をじっと見てから,靴を脱いで縁側の階段を上がる。君尋が,両手を縁側について顔を上げた。
「てめぇ 何処に…」
「台所だ」
「こんな夜中に 飯,食ってねぇのかよ」
「食った 茶を淹れてくる」
「酒は入らねぇほうがいいだろう」「戻ったら 話せ」
「…何を」
「おまえの中で ぐるぐるしてるもんだ」
そして,歩み去った。
縁側に並んだ2人の間で,丸盆の2つの湯飲みから湯気が上がっている。
「…紅い真珠の対価は とてつもなく重い」「雨童女は分かっていて それでも 欲しいんだろう」「けれど」
事情を話しても,君尋の心は楽になれない。真珠を渡していいのか,迷っていた。手を下ろして前のほうを見,また,両手を組んであごをのせる。
「座敷童が消えない為に必要だと言われた」「きっと そうなんだろう」
自身が座敷童に直接会えば別の方法を探せるかも。その可能性があるのに,あんな重いものを渡しては,その対価で雨童女までどうなるか。
「それでも」「会いたくないと 伝えられたんだな」
静が,念を押す。
無理に座敷童に会うことも,今の力ならばできるだろが,消えるかもしれないけれどそれでも会いたくないという強い願いを,無下に扱っていいのか。
「それも 迷っていると」
無言で顔をずらし,組んだ手の甲で目をおおう。
「決められないなら 別の何かに任せるのも有り なんじゃないか」
「例えば」「おれが夕飯に喰ったのは 秋刀魚か,鯖か」
「は?」
何の話だ,と君尋。
「分かるわけねぇだろ」
「当たったら渡す」「外れたら渡さない」
「ふざけてんじゃねぇぞ」
「投げた小銭が 裏か,表か 明日の朝最初に声をかけてくるのが マルか,モロか」
「決められないなら 自分で決めないのも 有りなんじゃねぇか」「だから,この店にも占って欲しいと願う客が 偶(たま)にくるが おまえは 断らないんだろう」「大事なのは 占いで決める事を選んだのは自分だという自覚と それがどんな結果であれ自分で対処する という覚悟だろ」
そこまで言うと,茶を飲んだ。
いったん目を閉じた君尋は,もやもやが静まったのか,目をあけて静をにらみつけた。
「百目鬼のくせに」「生意気なんだよ」
湯飲みをあおって茶托に戻すと,盆を持って立ち上がり,静の持つ湯飲みに手をのばす。
「酒だ,酒 なんか強いの」
湯飲みをのせた盆を持って行きかけた君尋が,言い捨てると,
「バーボンがいい」
「だから生意気なんだよ 下から2番目のやつな」
振り返り,右手の指2本を軽くのばしてから,歩き出す。見送って,静はつぶやいた。
「迷えばいい」「迷うのは …おまえが『ひと』だからだ」