《xxxHOLiC・戻》第43回
ヤングマガジン:2015年36号:2015.08.03.月.発売
真紅の玉は,手の平の上で,光に包まれて浮いていた。
「あの時」「貴方の前で創った真珠です」
「女郎蜘蛛に」
君尋が言いかけたが,八百比丘尼の女性は,先回りして答える。
「渡したんですが 返されました」「貴方からのものだから 貴方が好きにすればいい,と」
分からせてくれた対価に,と手を差し出した。
「貰いすぎです」
困り顔の君尋である。
「…なら」「聴かせて下さい」
女郎蜘蛛は,弾いてくれたがうたってくれなかった,と言う。
「大した喉(のど)じゃないですよ」
「それでも」「私の為にうたってくれるなら うれしいから」
君尋は,正座のまま三味線を持ち直した。
「逢うて」
「心のくもりも晴れて…」“てぃん”
「ふたり眺むる」“てぃん”
「蚊帳の月」“てぃてぃん”
どどいつ〔都々逸〕が,流れた。
「1時間くらい 唄い続けて あと,とりあえず うちにある二番目にいいワイン 持って帰って貰った」「まあ殆ど 女郎蜘蛛が飲むんだろうけどな」
店の縁側に腰をかけ,2人がワインを飲んでいる。君尋は,女性に会ったときと同じ着流しである。カッターにズボンの静が,一番はこれかと,いま飲んでいるワインの瓶を手に取った。ガヤのコンテイザ〔GAJA CONTEISA〕1996年ものだったが,
「んなもん おまえに出すか」
煙管を左手に答えてからグラスをあおった君尋を,じっと見る静。
「考えてんのは『向こう』のことか」
モコナを通じて連絡もものを送ることもできず,どうなってるのかわからない。心配そうな表情で,君尋は話す。
最初は,小狼から義手の調子が悪いという相談だった。黒鋼本人は言わないがかなり痛いようで,渡った世界はそういう技術はない所ばかり,どこかで調達か修理ができないか,ということだった。そこで,この店に借りがある狩人(ハンター)の封真に連絡をとって義手の手配を頼み,それを小狼に伝えようとした夜に,夢を視(ミ)た。小狼が二度と目覚めない夢を。
「その夢を現実にしない為に おれは 別の世界にいって必要なものを集めて 渡したけれど」「本当に役に立つのか 助けになるのか…」
「なるだろう」
静が即答した。
「いや するだろう」「あの連中なら」「おまえが渡したものを 無駄になぞしねぇだろ」
「なんで おまえが そんな自信満々なんだよ」
「無くなった 次」
静は,首を持って瓶を揺らす。
「だから,なんで そんなに偉そうなんだよ,おまえは」
立ちあがり,
「下から二番目のやつ 出してやる。」
いぶかる静に,一番下はもっと気にくわないことをしたとき用だ,と言う。
相手の姿が見えなくなると,静は,左手をズボンのポケットに入れ,取り出したものを見た。1個のタマゴを……。
宝物庫で,君尋はワインかウィスキーかと思案顔。そのとき,“ぱしゃん”音がした。
振り向いた先には,木箱が。ふたを持ち上げてはずし,中を見る。あの琥珀の中で,細長いものが“すいっ”
「…そこから …出たいのか」
君尋は,語りかけた。