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戻 第42回

《xxxHOLiC・戻》第42回
  ヤングマガジン:2015年31号:2015.06.29.月.発売
 
「言葉で脅し,宥めすかすより 現物(もの)で釣ったほうが 早い事もありますから」
君尋がそう言うと,両手で立てて支えた三味線が,“びぃん”と鳴った。
「それだけのものを贈られるに相応しい ってことで」
“びぃん”“びぃぃん”
「そうそう 褒めてる褒めてる」
言いながら,ほほえむ。
「…相応しい」「んでしょうか」
女性―八百比丘尼―の声は,低かった。
「女郎蜘蛛 ですか」
屏風を背にしている彼女に,向き直る。
髪飾り・指輪・服など,ほしいと言わなくても色々たくさんくれる,と話す。受け取ってどう思うかと尋ねると,困っていると思うという答え。しかし,迷惑かという問いには首を振り,いっぽうで,痛くなることがあるとも言う。
「何故でしょう」
踏みこむ君尋に,少し間をおいて,答えた。
「…返せないから」
「たくさんたくさん 貰っても」「私には 返せないから」
「私は 何も持っていないから」
正座のまま,視線は誰もいない前方へ流れていた。
三味線をひざに置いて,君尋は言う。返せないから痛いとは,返したいということだと。
「はい」
「何故でしょう」
「何故」
「貰ったものを そのままにしておくのは 居心地が悪いですか?」
「いえ,特には」
伏し目になった。
今までもいろんなひとにいろんなものをもらったが,返せるのは少なかった;みな,先にいなくなってしまうから。そう言って,目を閉じる。
「でも 女郎蜘蛛には 返せないと痛い,と」
「痛いです ここが」
目をあけ,手で胸を押さえる。女郎蜘蛛にだけかと問うと,
「…昔 あったかもしれません」「でも もう遠すぎて 朧(おぼろ)です」
「では 最近では」
「そうですね …だけ,です」
「もう 初めて会った時のように 殴られてもいいと思ったり してませんか」
「思いません」
女郎蜘蛛がいやがるから,それだと自身もいやだから。そう,応じた。
「だったら 大丈夫です」「…何も持っていなくても 貴方が存在(い)てくれる事が 一番でしょうから」
「…貴方も そうなんですか」「それとも 誰かが貴方にそう言ったんですか」
君尋は,虚を突かれた。
「何故…」
「とても懐かしそうな でも寂しそうな 顔をしていたから」
「そう… ですね」「そう言ってくれたひとが 居ました」
女郎蜘蛛がここにお使いに出した理由がわかったような気がする,と女性は語る。
「無駄足でなかったのなら 良いんですが」
ふつうの顔に戻って,君尋が言うと,相手は,右手を前に出す。
「対価を 渡さないと」
こぶしを開いて中から現れた小さな玉は,そう,真紅の真珠だった。