「何が何でも、通さねぇつもりかよ!」
渾身の力を込めて、剣を振るい続ける黒鋼。だが、御嶽の固い守りは揺るがない。
「ファイ!」
モコナは事態の打開をファイに委ねる。だが、
「ごめんね。オレの魔法も通じない
…やらなくても分かるのも、情けないけど…。
オレ達では、何をしてもこの中に入る事は出来ない。」
彼は、やるせない表情のまま、右掌に抱いたモコナに答える。
「じゃあ…、全部終わるのを待つしかないの!?」
諦めと憤りが混じる彼らの心に、モコナは背けた先の未来という礫(つぶて)を放つ。
御嶽の中。
二人の小狼が繰り広げる、互いを傷つけ、傷つき合う戦いは、雌雄を決さないまま時が過ぎる。
「これではいつまで経っても同じ…
告げたはずだ。
『その全てを用いて闘う』、と。」
御嶽は、しびれを切らせたのか、最後通告を言い放つ。
「その身に宿る力は、それだけではないだろう」
小狼は、はっ、と己の我に返る。
「…今、おれの目の前にいる小狼は、『何時』の小狼なんだ…。」
彼は、いくつもの世界、いくつもの時間軸の中ですれ違ってきた、二人の軌跡を思い起こす。
…東京国で、直接出会ったときなのか。
さくら達の元を離れ、羽根を求め血塗られた旅路を往く時なのか。
玖楼国の水場で死闘を繰り広げ、分かれた時なのか。
それとも、ねじれた時空を経て、共に飛王に対峙した時なのか。
それとも…。
「…何時だとしても、持てる全てで戦わなければ終わらない…。」
相対する、もうひとりの小狼が呟く。
小狼は、右手を軽く握り、第二指と第三指を伸ばす。その指先に集う空気が、光を帯びる。
「雷帝…招来…!!」
小狼が放つ、手のひらより一回り大きな弾。見た目よりも大きなエネルギーを持つそれは、周りの石柱とともに、もうひとりの小狼を水場にたたき落とす。
「小狼!!」
動揺する、小狼。だが、もうひとりの小狼は、苦悶の表情ながらも這い上がり、再び彼の前に立ちはだかる。
「まだ…だ…
終わってない…」
「……小狼…。」
「…言っただろう…
どんな結末になっても…、誰がどう思おうとも……、
おれは信じる…。
選んだ道は……正しいと!!」
小狼に『望まない戦い』の緒を切らせた言を守り、彼に余分な負担を抱え込ませまいとする誠意。そして、透けて見える結末に、臨む覚悟。もうひとりの小狼は、やはり小狼だった。
戦わなければならないことによる、やるせなさと居た堪れ(いたたまれ)なさ。一方で、この戦いは、小狼が望んだ再会がもたらした対価。相反する想いが、彼の中で暴発する。胴ほどの大きさとなった魔力の弾が、もうひとりの小狼に向けて放たれる。両の手で、必死に抗するもうひとりの小狼。だが、先の100倍はあろう衝撃を、彼は正面から浴びてしまう。
「小狼!!」
両膝で崩れ落ちる、もうひとりの小狼。すぐさまその身を取り、抱きしめる小狼。
「やっぱり…術は使えないんだな!
…小狼は…あの時の…!」
あの時。すなわち、一番最後に、四月一日と共にもうひとりの小狼と過ごした時間。…何もない、魔力も無効化される、生と死の間の空間で迎えた時間。眼前のもうひとりの小狼は、魔術を封じられたままの小狼だった。
瀕死の体(てい)の小狼を強く抱きしめながら、ひたすら悔恨の念に駈られる小狼。そこへ、一連の出来事を知覚できない少女が、小狼の元に歩み寄る。
「『神の力』は?
私達をニライカナイへ連れて行ってくださる力は!?」
自分達を導いてくれるために、小狼が頑張っている。願いが成就する時は、もう目前にある…。晴れやかな笑顔を浮かべながら、彼女は小狼の傍に寄る。
だが、決して望まぬ現実を目の当たりにする小狼は、鋭い眼光で彼女の方を見返す。
「来るな!」
怯む少女に、さらに一喝する小狼。そして、一呼吸して、彼は続ける。
「…来るな。…もう」
彼女がこの場に居るのを選んだのは、彼の選択。
もうひとりの小狼が息絶え絶えに喘ぐ事態を導いたのも、彼の選択。
…彼は、涙を流しながら、御嶽に向かって叫ぶ。
「…もう、いいだろう!
『神の力』で、皆を…。」
「まだだ。
呼んだものは、まだ戦える」
御嶽が返す言葉は、残酷だった。
「戦えるわけないだろう!!
こんな…、こんな……!」
小狼は、中空に向かって絶叫する。
「戦える。」
「…どうすれば、勝ったと認めるんだ……。」
「その存在が、消えるまで。」
情が宿る事無く、理を貫き通せと、迫る御嶽。
その言葉に、小狼の忍耐もついに限界を超える。
咆哮となった怒りが、すさまじいエネルギーに形を変える。
暴発した力が、御嶽の場を破壊する…!