トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.17_全ての力を用いて

「何が何でも、通さねぇつもりかよ!」
渾身の力を込めて、剣を振るい続ける黒鋼。だが、御嶽の固い守りは揺るがない。
「ファイ!」
モコナは事態の打開をファイに委ねる。だが、
「ごめんね。オレの魔法も通じない
 …やらなくても分かるのも、情けないけど…。
 オレ達では、何をしてもこの中に入る事は出来ない。」
彼は、やるせない表情のまま、右掌に抱いたモコナに答える。
「じゃあ…、全部終わるのを待つしかないの!?」
諦めと憤りが混じる彼らの心に、モコナは背けた先の未来という礫(つぶて)を放つ。
 
 御嶽の中。
 二人の小狼が繰り広げる、互いを傷つけ、傷つき合う戦いは、雌雄を決さないまま時が過ぎる。
「これではいつまで経っても同じ…
 告げたはずだ。
 『その全てを用いて闘う』、と。」
 御嶽は、しびれを切らせたのか、最後通告を言い放つ。
「その身に宿る力は、それだけではないだろう」
小狼は、はっ、と己の我に返る。
「…今、おれの目の前にいる小狼は、『何時』の小狼なんだ…。」
 彼は、いくつもの世界、いくつもの時間軸の中ですれ違ってきた、二人の軌跡を思い起こす。
…東京国で、直接出会ったときなのか。
 さくら達の元を離れ、羽根を求め血塗られた旅路を往く時なのか。
 玖楼国の水場で死闘を繰り広げ、分かれた時なのか。
 それとも、ねじれた時空を経て、共に飛王に対峙した時なのか。
 それとも…。
「…何時だとしても、持てる全てで戦わなければ終わらない…。」
相対する、もうひとりの小狼が呟く。
小狼は、右手を軽く握り、第二指と第三指を伸ばす。その指先に集う空気が、光を帯びる。
「雷帝…招来…!!」
小狼が放つ、手のひらより一回り大きな弾。見た目よりも大きなエネルギーを持つそれは、周りの石柱とともに、もうひとりの小狼を水場にたたき落とす。
「小狼!!」
動揺する、小狼。だが、もうひとりの小狼は、苦悶の表情ながらも這い上がり、再び彼の前に立ちはだかる。
「まだ…だ…
 終わってない…」
「……小狼…。」
「…言っただろう…
 どんな結末になっても…、誰がどう思おうとも……、
 おれは信じる…。
 選んだ道は……正しいと!!」
小狼に『望まない戦い』の緒を切らせた言を守り、彼に余分な負担を抱え込ませまいとする誠意。そして、透けて見える結末に、臨む覚悟。もうひとりの小狼は、やはり小狼だった。
 戦わなければならないことによる、やるせなさと居た堪れ(いたたまれ)なさ。一方で、この戦いは、小狼が望んだ再会がもたらした対価。相反する想いが、彼の中で暴発する。胴ほどの大きさとなった魔力の弾が、もうひとりの小狼に向けて放たれる。両の手で、必死に抗するもうひとりの小狼。だが、先の100倍はあろう衝撃を、彼は正面から浴びてしまう。
「小狼!!」
両膝で崩れ落ちる、もうひとりの小狼。すぐさまその身を取り、抱きしめる小狼。
「やっぱり…術は使えないんだな!
 …小狼は…あの時の…!」
あの時。すなわち、一番最後に、四月一日と共にもうひとりの小狼と過ごした時間。…何もない、魔力も無効化される、生と死の間の空間で迎えた時間。眼前のもうひとりの小狼は、魔術を封じられたままの小狼だった。
 
 瀕死の体(てい)の小狼を強く抱きしめながら、ひたすら悔恨の念に駈られる小狼。そこへ、一連の出来事を知覚できない少女が、小狼の元に歩み寄る。
「『神の力』は?
 私達をニライカナイへ連れて行ってくださる力は!?」
自分達を導いてくれるために、小狼が頑張っている。願いが成就する時は、もう目前にある…。晴れやかな笑顔を浮かべながら、彼女は小狼の傍に寄る。
だが、決して望まぬ現実を目の当たりにする小狼は、鋭い眼光で彼女の方を見返す。
「来るな!」
怯む少女に、さらに一喝する小狼。そして、一呼吸して、彼は続ける。
「…来るな。…もう」
彼女がこの場に居るのを選んだのは、彼の選択。
もうひとりの小狼が息絶え絶えに喘ぐ事態を導いたのも、彼の選択。
…彼は、涙を流しながら、御嶽に向かって叫ぶ。
「…もう、いいだろう!
 『神の力』で、皆を…。」
「まだだ。
 呼んだものは、まだ戦える」
御嶽が返す言葉は、残酷だった。
「戦えるわけないだろう!!
 こんな…、こんな……!」
小狼は、中空に向かって絶叫する。
「戦える。」
「…どうすれば、勝ったと認めるんだ……。」
「その存在が、消えるまで。」
情が宿る事無く、理を貫き通せと、迫る御嶽。
その言葉に、小狼の忍耐もついに限界を超える。
 
咆哮となった怒りが、すさまじいエネルギーに形を変える。
暴発した力が、御嶽の場を破壊する…!