トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.16−小狼の答え

「何かが…始まろうとしてる」
瘴気を放ちつつ、脈動する大樹。その様子に、尋常ならざる禍々しさを感じ取るファイは、脂汗を浮かべながら、中の様子を探ろうと魔術で遠見を試みる。
「何がだ」
黒鋼が尋ねる。
「分からない。」
ファイは、御嶽の中の様子を探ることは叶わぬと察し、己の左眼にかけた術を解く。
「なんだかすごくこわいよ…!」
彼の胸に抱かれながら、ただ怯えるモコナ。
「おい!どうなってやがる!?」
亡霊達が、うなり声をあげながら御嶽へと集い始めるなか、黒鋼は、不本意ながら傍で様子を窺う二つの眼に問う。
しかし、彼らもまた
「すまんが、わからねぇんだ」
「御嶽にユタが入ったのは、今の姫神となって初。
 御嶽で何が行われるのか、代々の姫神達にも伝えられてはいない。」
と、率直に無力を答える。
「…良い事じゃないのは、確かだよ」ファイは、呟く。
ファイの勘と、黒鋼が察した予感が交わる。黒鋼は、黙したまま刀を持ち、最大限の力を込めて底知れぬ、不気味さを放つ大樹に斬りかかる。
…すさまじい剣戟が、ほどばしる。
だが、御嶽と、御嶽に想いを託した無数の念が、彼の力を無力化する。
舌打ちして、撤退を強いられる黒鋼。
「小狼!!」
モコナの叫びは、届かない彼らの想いを代弁する…。
御嶽の中。
幾粒もの流れ落ちた雫が、静謐なる水面を叩く。
「…何を選んでも。
 おれは、それが正しいと信じる。」
惨苦の決断を強いられる小狼の頬を、もうひとりの小狼は両の掌で優しく包む。
「誰が、どう断じても、
 …選んだ道を進めばいい。」
潤んだ瞳のまま、小狼は彼に向き合う。
そして、うつむき、言葉を紡ぐ。…至極の、無念を込めて。
「…戦いたくない…。
 もう、あんな想いは…したくない。させたくない。…
 でも…、おれは…」
「…うん」
もうひとりの小狼は、彼の言葉を、何も言わず受け止める。
「みんなを…死者のままには出来ない。
 何より、一緒に旅してきたあの人達を…
 死者にすることなんて…、出来ない。」
彼が辿り着いた選択を、もうひとりの小狼もまた同じ想いで受け止める。…そして選択によって迫られる、もうひとつの代えがたき選択も見据えながら。…
 
二人は、互いの左掌を交わす。
「選んだな。
 では、戦い、勝て。」
避けられぬ戦いの始まりを告げる、御嶽の声。その声が響くや、二人は掌を離し、足技を放つ。…足底で相手の脛(すね)を蹴り上げた小狼。だが、その痛みは彼自身を襲う。不意の刺激にたじろぐ小狼に、もう一人の小狼は拳を交わしながら告げる。
「御嶽でおれとの戦いで負う傷は、外でのものとは違う」
「なに?」
「御嶽の中でユタが望んだものとの戦いは、双方等しく同じように傷つく」
「じゃあ、あれは…」
小狼は、些細な刺激が思わぬ負傷となった、外の世界の出来事を思い出す。
「ユタになったものは、御嶽に来るよう促される。
 外にいれば、些細な刺激でも命が危ない」
「だから、あんなに出血したのか…」
「おれが負うものも同じだ。だから、
 本気で来い!!」
互いが繰り出す技が、泉の崖錐を削り、砕いていく。
息を整える二人に、再び御嶽の声が響く。
「最も戦いたくないものと、その全てを用いて闘う。
 そうして勝ったものが、ユタとして『神の力』を使うことが出来る」
「勝ったふり、負けたふりをして誤魔化しても、何もならないということか。」
「そうだな。」
「……」
小狼は、一瞬目を伏す。しかし、次の瞬間、再び右足で地を蹴り、宙に発つ。
術を込め、放つ右腕。
…互いが繰り出す、同じ技。
伯仲する、二つの力。
そして、加速する戦いに呼応するように、御嶽の鼓動が、さらに不気味な強さを況(ま)していく…。