トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.11−四月一日が集めてくれたもの

「や、やってみる!」
小狼の言葉を受け、モコナは四月一日から受け取ったものを取り出そうと試みる。
大きく息を吸い込み、口を開ける。その小さな体は、想定外の事態の後だからか、小さく震えていた。やがて、大きく目を見開き、「めきょっ」となると、小さなお腹から大小合わせて三つの包みが現れる。
「出来た!」
「…有り難う、モコナ」
黒鋼に支えられてようやく姿勢を保つ小狼は、生気乏しい瞳で、右手でモコナの頬をさすりながら礼を言うとともに、言葉を続けた。
「さっき、気を失いそうになっていた時、孔雀に会った」
「あの『間(はざま)』とやらにいた奴か」黒鋼が問う。
「ああ…
 言っていた…渡し賃と同じようにおれは既に手立てを持っていると」
「御嶽へ行く為の?」
「…だと思う…
 君尋が、おれの為に用意したことも知っていた」
小狼の答えに、黒鋼とファイが反応する。
「なんで孔雀が四月一日の事知ってるの?」怯えながら、モコナが尋ねる。
「分から…ない」
「あのひとも、『夢見』なのかもしれないね。
 夢は、繋がっているから」
ファイの推測に含まれた言葉に、黒鋼と小狼は「はっ」とさせられる。
異世界で、各人を待つ二人の姫。孔雀は、二人の夢とも繋がっている、のかも知れない…。
ファイは、言葉を続ける。
「さて、この中に手立てがあると言われたんだね。
 四月一日君からは何か聞いてる?」
「いや…」
ファイの問いかけに、否定の答えを返す小狼。
しかし、一方で何か彼が示唆した言葉は無いかと、彼は記憶をたぐり寄せる。
 
 
「モコナ達に眠ってもらってから話したい事って何だ、君尋。」
ニライカナイではない、どこかの世界。
いくつものディスプレーに囲まれた部屋で、ヘッドフォンを首かけた小狼が、モコナの額の宝石が投影する像を見ながら話す。
「…夢を、見たんだ」
映像の先の四月一日の表情は、いつになく神妙だ。
「おれの夢か。」
「…うん」
「どんな夢だったか、聞いてもいいか。」
小狼は、四月一日がこれから口にしようとする事が帯びる緊張感を察しつつ、問いかけた。
四月一日もまた、言葉を選びながら、ゆっくりと言葉を返す。
「詳しく言う事は出来ない。
 その内容を知るには、払う対価が多すぎる。
 でも、小狼が二度と目覚めない夢だった」
はっ、とする小狼。
彼は、しばらく口を閉ざすが、やがて、重い口を開いて続ける。
「…そうか
 その夢は『既に決まっている未来』なのか。それとも…」
「あの夢のままにしない為に、集めたいものがある。
 その為に、おれに『願って』欲しい」
「必要なものを集めて欲しい、と?」
四月一日は、首をこくり、と縦に振る。
『願い』と『対価』の理を知る二人の会話は、それを知らぬ人の耳からすれば暗号めいたものであった。が、小狼は、その流れに身を委ねたきりではなかった。
「それは君尋にとって、辛かったり危なかったりはしないのか」
『願い』を叶える側が、負うリスク。それを彼なりに鑑み、問う。
「……」
四月一日はしばし下を見つめて、答えを返さない。
「…君尋」
小狼に促されるようにして、四月一日は口を開く。
「そうだな。
 小狼(じぶん)に、嘘はつかないと約束した。」
彼は、言葉を続ける。
「手に入れなきゃいけないものは、今 おれがいる『世界』にはない。」
「それは…」
「別の次元に渡らなければならない。
 でも、そこには 今のおれでは行けない。
 今のおれの『記憶』を持ったままではいけない世界だ。」
「…それは…記憶をなくす、という事か」
『記憶』。願いの対価としては、極めて重く、大切なもの。小狼の『願い』は、四月一日の『記憶』を対価にしなければならないほどの重さなのか。…そのことが、彼を躊躇させる。
「無くならない。
 …その世界にいくと、忘れる」
四月一日は、慎重に言葉を選びながら答える。
「元の世界に戻ると、記憶も戻る…のか?」
四月一日は、小狼の返答にコクリと頷くも、
「欠けずに、か」
と、小狼は問いかけを重ねる。
「うん。
 …けれど、記憶を消して世界を渡った事はないから、どうなるか分からない」
四月一日は、静かに答える。…小狼に不安を与えないように。そして、自らを欺かぬように。
「君尋…」
「でも、必ず手に入れて戻る。
 だけど、『願い』には対価が必要だ」
「君尋が、別の世界に行かなければならない程の、願いの対価か」
「それでも、
 あの夢を現実(ほんとう)にしない為に、おれは出来る事をしたい。」
「…わかった。」
「君尋…、頼む。
 おれに必要なものを手に入れて欲しい。
 そして、どうか 大事なものを無くさずに戻って来て欲しい。」
小狼は、答えた。神妙な、顔つきで。
「その願い…叶えよう。必ず」
四月一日もまた、応じる。最大限の、真摯さで。
 
「何を、何時、何処で使うかは聞いていない」
四月一日とのやりとりを思い起こしながら、未だくみ取りきれない四月一日の示唆を確かめる小狼。
「移動に使えそうなもんは見当たらねぇぞ」
「でも。
 確かに、それぞれ、『力』は感じる。」
眼前の3つの包みを前に、黒鋼、そしてファイが言う。
「術具か。」
「あけても?」
頷く、小狼。ファイが手をかざすと、包みは自ずから解け、3つのものが現れる。
このうちの1つ、首だけがもげたウサギが、黒鋼の前に漂い寄る。黒鋼は、思わずそれに手を伸ばす。
「…なんだ、こりゃ」
「触らないで。
 来る時渡した硬貨もだけど、ここにあるものもなかなか凄い代物だよ。」
ファイが黒鋼を縛(いまし)める。小狼、モコナも
「ああ…確かに」
「モコナも、中に仕舞ってる時、ちょっとぞわぞわしてた」
と応じる。
ファイは、静かに目を閉じ、3つのものを前にそっと手をかざす。そして、その中の1つを指さす。
「…これ。」
「何が出来る。」黒鋼が問う。
「移動魔法だ。
 まさしく『行きたいと願う所へ連れていってくれる』。」
「それ、どこでもいいの?」モコナの問いかけに、
「一度きり、だけどね。」と、ファイが答える。
「これで…御嶽にいけるのか」
小狼は、宙に浮かぶ金魚のような紋を見つめる。
「うん。それだけの力はある。
 でも、だからこそ、それ程のものを今使っていいのかは難しいね」
答えるファイの表情に、笑みはない。使えるのは、たった一度きり。小狼の想いを貫くべきか、傷ついた体を癒やすべきか。行き先の選択は、どちらかを犠牲にする可能性がある、重大なものである。
黒鋼は、こぶしでコツンと小狼の頭を小突く。
「あの店主から受け取ったのは、おまえだ。
 おまえが、選べ。」
「……」
小狼は、四月一日が渡した3つのものを前に、眼を閉じる。次に、眼が見開いた時には、その意は決していた。
「使う。
 まず、御嶽へ行くのが先だ」
次の瞬間、彼らは異なる場所に立っていた。
彼の眼前には、いくつもの煌めきと、ほおずきの実を実らせて宙に浮く一本の巨樹があった。