「ここが、御嶽っていうところなの?」と、モコナが口にする。
これまで見てきた世界とは明らかに異なる、陽光に輝く大地と、清らかな流れを轟かせる滝、そして豊かな生命力を宿す実を下げた緑なす大樹。その光景に、ファイは
「これは…魔力がなんとかとかいうより、もっと…」と口にすると、小狼も
「神聖な…場所だと思う…。
潔斎やそれなりの手順を踏まなければ足を踏み入れてはいけないような…。」
と言葉を続ける。
「何もしないで来ちゃってよかったの!?」
驚くモコナに、ファイは確信して答える。
「小狼君は呼ばれたみたいだからね。大丈夫だろう」
「じゃ、じゃあモコナ達は…」
モコナの懸念とともに、大樹から幾筋もの枝が蠢(うごめ)き、彼らの眼前に現れる。反射的に愛刀を鞘から抜こうとする黒鋼に、ファイは左手を伸ばし、
「ここで攻撃すると、小狼君にどんな影響があるか分からない。
これ以上、怪我はさせられない」
と制止する。ちっ、と舌打ちする黒鋼。モコナは怯えながらも、様子を観察して、呟く。
「……小狼を…
迎えに来たみたい…。」
黒鋼とファイも、触手の如く動く枝の一挙一動を、緊張の眼差しで見遣る。左腕を、そしてその体を絡み取られる小狼は、
「モコナの言うとおり…、
おれ…に…用があるんだと…思う…」
と言い、その身を委ねる。
「待って!
私も連れてって!」
単身連れられようとする小狼を見ていた少女だが、すっくと立って大樹に向かって声を上げる。
「あの子を連れていっても…いいか…?
残していったら…
仲間には、あの子の声は…聞こえないんだ…」
消え入るような小狼の声を、大樹は受け入れる。そして、小狼と同じく、少女の体にも触手を巻き付け、幹へと導く。
「小狼、行っちゃう…。」
「俺達は。」
「連れてってくれないみたいだねぇ」
不快感をにじませながら静観する、黒鋼たち。程なく、神樹からまばゆい光が放たれ、その中に導かれた二人が取り込まれる。
次の瞬間。
彼らの眼前に現れた風景は、いささかの生命力をも感じさせない、死の巨木と荒涼の大地だった。
「小僧が消えた途端、これかよ」
彼らにとっては、もはや見慣れた風景だったが、それでも黒鋼は悪態をつく。
「…小狼君は裏(ここ)に来る前、『滅したもの』の気配がする、と言っていた。
姫神は、小狼君は『黄泉に触れたもの』だと。」
ファイは、この場所に至るまでの経緯と、小狼とこの世界にまつわる言葉をたぐり寄せる。
「そして、御嶽で小狼君と彼女は招かれて、オレ達は拒まれる。
ここは…」
ファイの表情に、一切の笑みはない。
彼は、推論から一つの答えを得たようだった。
漆黒に包まれた世界。そこに、両の掌を重ね、ひざを突いて祈りを捧げるさくらの姿があった。
「夢、ね。ここは」
波紋とともに、彼女の眼前に訪れたのは、姫神。
「うん、夢だ。」
さくらの問いかけに答えると共に、
「小狼達が御嶽に着いた。
小狼は、神樹に導かれて中へ。」
と、現世と交わることのない世界へ旅立った小狼達たちの状況を彼女に伝える。
「その中には、何が」
「逢いたいひとが、待っている。
亡くしてしまった、逢いたいひとが。」
姫神の表情が、曇る。そして、言葉を続ける。
「そして、選択を迫られる。
その選択で、ニライカナイが変わる。
小狼自身も…」
「また、選ばなければならないのね。」
二人は、両手の掌を重ねる。そして、瞳を閉じて、言葉を続ける。
「ひとは、選び続けなければならない。
ある意味、死して尚、選ぶ。それが、ひとの定め。
でも、小狼やサクラ達の迫られる選択は、いつもどちらを選んでも辛い」
さくらは、『切り取られた時間』での、胸に張り付いた瞬間を顧みる。
「それでも。
選んで、進まなければ。」
「亡くしてしまったものたちの為にも」
溢れる想いは、まず二人の踝(くるぶし)を浸すまでの水として形となる。
静寂の世界を、『リィィン…』と響く音が破る。それは、神に仕える、または神に近しい者がもつ術具が奏でるもの。
二人の想いは双羽を描き、誘(いざな)う。…夢からつながる、異なる世界へ。
そして、声を重ねる。
「出来る事を」