トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.10−やはり君は…

Chapitre.10−やはり君は…
ツバサ−WoRLD CHRoNiCLE−ニライカナイ編 ストーリー紹介

「きゃああああ!!」
ファイが放った流れ矢を受け、想定外のダメージを受けた小狼。
「小狼君!」「小狼!」と心配して駆け寄る仲間達に、
「やめて!近づかないで!」と少女は両手を横にして遮る。
「貴方が射った黒い矢が、鳥の前で曲がってこの方に当たったのよ!
 鳥は羽ばたいていただけなのに!」
涙を浮かながら、キッと鋭い目を向ける少女。相変わらず、彼女の言葉はファイ達には伝わらないが、彼を責め立てる気持ちはファイの心に突き刺さる。
 
ファイは、やや弁解するように、状況を説明する。
「俺は…あの鳥が攻撃を反射して来たとき、魔力を殆ど無効化していた。あの矢に力は籠もっていない。それに、ほんの少し小狼くんの肩にかすっただけのように見えた。あの鳥の攻撃が当たった時も同じだ。あの女はすり抜けて、小狼君には当たった。」
「小狼、あれもすごく痛そうだったよ…。ちょっと当たっただけみたいだったのに」
「………」
モコナの言葉に、ファイは一瞬言葉を止め、一つの仮説を立てる。そして、
「離れてて」
とモコナを黒鋼に委ねる。
「…何のつもりだ。」
「確かめたい事がある。」
「てめぇ…」
黒鋼は、これからファイが試みようとすることを推察し、鋭い口調になる。
「昨夜賭けで勝って決めたよね。3つオレの言う事を聞くって。これで2つ目だよ。」
ファイは、笑みを浮かべて、言葉を返す。飄々とした笑顔では無く、魔術師として勝負を挑む時に視る事ができる、不敵さも混じった笑みだ。
ファイは、右の人差し指に、わずかな攻撃性を宿した魔法を灯し、それを巨鳥にむけてゆらりとかざす。巨鳥は、それを敵意を帯びた行動とみなし、胸に抱く宝石から幾筋もの砲弾を放つ。ファイは指先の光を灯しつつも、それを放つことをせず、身軽な動きで敵の攻撃を紙一重のところで躱(かわ)し続ける。
しかし、そのうちの一弾が、彼の肩を掠(かす)める。
「ファイ!!」
「…やっぱり。黒様もさっき攻撃が掠ったけど、本当に掠り傷だけだ。オレも同じ。視認できた攻撃とダメージに差異はない。小狼君だけが…なぜあんなに…」
血がにじむ傷口を見つめるファイは、一つの仮説に答えを得る。しかし、新たに生まれた疑問が、なおも彼の表情に浮かぶ霧を晴らす事ができない。
「気は済んだな、阿呆。」
背後に立つ黒鋼は、ファイの試みを見届けるや、剣を頭上に掲げ、静かな怒りをすさまじいまでの剣技に変えて放つ。
「破魔、空龍覇!!」
幾頭もの光の龍が、巨鳥を襲うや、それはたちどころに灰燼(かいじん)に帰し、宙に消える。
「わぁ、一撃。」
『哀れな鳥』の最期を嘆き悲しむ少女の横で、ファイが能天気に聞こえる一言を呟く。
「どこが同じだ。俺ぁ血なんざ流してねぇ」
傷を負ったファイの腕を手に取り、確認する黒鋼。ファイは
「そっちは…義手でしょう。まぁ、オレ 黒たんみたいに戦闘仕様の人じゃないからー、ちょうど良く当たるとか、なかなかねぇ。」
と躱(かわ)す。その答えを、黒鋼は言葉を返す事無く飲み込む。
「それより小狼君だ。オレには回復魔法はないから、早く治療出来る所に運ばないと…」
 
黒い、どこまでの漆黒の世界。深手を負い、のたうつ小狼。
「随分な状態だね」
うっすらと笑みを浮かべながら、闇の中から現れた男。小狼は、その男の顔に見覚えがあった。
「く…じゃ…く」
「覚えていてくれて有難う。しかしこの怪我、早く何とかしないと。君このまま『帰れなく』なるよ」
「かえれ…なく」
「そう、『次』が来るまで」
事も無げに小狼に『最悪』の事態の可能性を告げる孔雀。
「おれは、何のために…ここに来たんだ…」
小狼は、薄れゆく意識を必死に縛り付けながら、尋ねる。
「何故おれだけこちらの世界…仲間…どちらの攻撃もこんなに…」
「…立ち場上、あまり色々教える訳にもいかないのだけど、せっかく久しぶりに来てくれた『ユタ』だからなぁ」
「おれが…か…」
「そう。
 事を起こすには、導く『サス』と、行う『ユタ』が必要だ。
 サスとは司祭。今、君の目の前にいる。」
彼は錫杖の小環をならして、小狼の問いに答える。その表情に、笑みはない。
「ニライカナイの表を守る、姫神(ノロ)。
 裏を守る、司祭(サス)。
 そして、神に選ばれ、裏で役目を果たさなければならない、ユタ。」
「ユタは…何をしなければ…ならないんだ…」
「………」
息も絶え絶えの小狼の口から出た言葉に、孔雀は再び口元を緩める。
「さて、このままだと本当にまずいね。
 君はこのあと、どうしたい?」
「御嶽(ウタキ)というところに…会いたいひとがいる…。」
「…やはり君はユタだ。
 行くべき所を知っている。」
小狼の覚悟と資質を見極めんとした問いかけに、満足のいく答えを得た孔雀。彼は、一つの答えを授ける。
「では、神の役目と、望むもののために、急ぎ御嶽へ。」
「御嶽は…どこに…」
「目指す、と決めた所に。」
「急ぐといっても…どうやって」
「渡し賃と同じように、君はその手立てを既に持っている。
 君と同じ存在はカンが良いだけではなく、周到のようだ。」
「君尋を…知って…」
どんどんとおぼろげになる、孔雀の姿。
「けれど、それも万能ではない。選ばれたのは君だから。
 疾く、御嶽へ。小狼」
「待って…まだ、聞きたい事が…」
 
核心の答えを得る前に、彼は意識を取り戻す。孔雀を呼び止めようと右腕を伸ばした衝動に、彼は激痛を感じる。
「きゃっ!」
小狼の傍に寄り添う少女の眼前に、黒鋼は刃を突き立てて彼との間を遮る。
「触るな」
むき出しの敵意を前に、彼女は後ずさりを余儀なくされる。その間に、モコナは黒鋼の額に巻かれた手ぬぐいをほどき、彼に手渡すと、黒鋼もモコナの意を汲み、すかさず小狼の肩に縛り付ける。
「ここで何か起こると、君だけが何倍もの怪我を負うらしい。
 このまま留まるのは危険だ」
小狼が感じたことと同じこの世界の摂理を、ファイは小狼に説く。そして、小狼がこの世界のメシアたることを願う少女を厳しい眼光で諫めつつ、彼に翻意を促す。
しかし、苦悶にゆがみながらも、小狼が口にした言葉は、
「…行かなければ…ならないんだ…
 御嶽…へ…」
だった。
彼の決意は、変わらない。その予想された事実に、黒鋼、ファイ、モコナはそろって困惑の顔を見せる。
「そこ、すぐなの?
 遠かったら、また小狼怪我しちゃうかも…」
素直な想いを口にしたモコナに、小狼が呼びかける。
「モコナ…」
「は、はい!」
「聞きたい事がある…。モコナを通じて…」
「四月一日だね!すぐ…!」
必死の呼びかけを試みる。しかし、
「ダメ!繋がらない!!
 お腹の向こうも繋がってないみたい…!」
と、四月一日の傍に居るモコナと同じ答えを得ることになる。
「なんだ?それは」
「それって、通信だけじゃなく、
 モコナ達を通じて何かを送ってもらったりも出来ないってこと、かな?」
「…お薬とか、包帯とか、
 小狼の怪我 なおすもの 送ってもらえない…。ごめんなさい…!!」
涙を流しながら、非力を詫びるモコナ。
「モコナは何も…悪くない…」
「小狼…」
この事態を予想していた小狼に、驚愕も落胆の色も無かった。モコナの頭を撫でようと、小狼が伸ばした手は弱々しかった。しかし、自らの血をどれだけ失っても、彼は「希望」の火という内なる罐(かま)の火を絶やす事はしなかった。ゆえに、そこから得られる「知恵」という動力(エネルギー)も、まだ消えてはいなかった。
彼は、モコナをまっすぐに見据えて、言った。
「ここに来る前、受け取ったものたちは…出せるか」