トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.231−時空の狭間

「みんなは?」
「分からない。」
 突如放り出された、虚の世界。
 誰もいない、何もない。そこにいるのは、二人の小狼だけ。
「とにかく、ここから出よう。」
 しかし、程なく二人は異常に気づく。
「魔力が…」
「使えない…」
 二人が脱出するための、唯一の術。…それが、使えない。
「これが…
 飛王が言っていた対価…か。」
「だとしてもおれだけで…」
 飛王の業を自らの咎として悔いる小狼に、一方の小狼がかぶせる。
「おれも、小狼だから。」
 その言葉が、染みいるように彼の胸に届く。
 
「なら、おれがここに居る事もそうなのかな。」
 何処からか、近づいてくるもう一つの影。
 はっ、と二人が振り向いた先にあったのは、左手に衣を抱えた四月一日君尋の姿だった。
「前に夢でさくらちゃんに会った時に言ってた。
 おれと君は似てる、って。」
 しっかりと、ふたりの小狼を見据える四月一日。彼は、どこか達観した瞳で二人と向き合う。
「こうしていると…分かるよ。
 おれと君たちは似てるだけじゃない。
 侑子さんが言ってたとおり…おれたちは、同じだ。」
 自ら導き出した、答え。彼と存在を分かつ小狼が目を伏せたことで、四月一日はそれが当を得たものだと知る。
 彼は、話題を変えるように目を周囲にやる。
「…夢、じゃないな。」
「ああ。
 狭間かもしれない。…次空の。」
 もう一方の小狼が答える。
「きっとおれが、一番何も知らない。
 何故ここにこうして3人でいるのか、教えてもらえるかな。」
 四月一日は、続けた。知りたかった。…真実を。
 小狼は、彼に事の次第を告げた。
「…そうだったのか。
 似てて当たり前だな。…同じなんだから。」
 包み隠さぬ言葉に、四月一日の表情が穏やかになる。
 全てを、受け入れたかのように。
「おれの選択が、ここまでみんなを、
 世界を巻き込んだ。
 …二人も……。」
 時を巻き戻した小狼が、なおも歯がみする。それでも、傍に立つ小狼は、
「その選択がなければ、おれは産まれなかった。
 さくらやみんなにも、会えなかったんだ。」
と、穏やかな笑みを浮かべる。四月一日もまた、
「…そうだな。
 おれもみんなと一緒に過ごせて、
 存在(い)るだけでいいって言ってくれるひとに会えた。」
と、宙を眺めながら答えた。
 二人の思いを聴き、小狼は二人に告げた。
「世界が今どうなってるか分からない。
 けれどおれは、ここから出る。
 出て、おれがすべき事をする。」
 四月一日もまた、
「おれも…待つと決めたから、店に帰らないとな。」
と応じる。
「少しでいい。
 …どこかに亀裂があれば、そこから出られるかもしれない。」
 虚無の空を眺め、呟く小狼。次の瞬間、もうひとりの小狼の身に異変が起こる。
「?!」
 突如生じた、大小いくつもの鎌鼬(かまいたち)。それらが、彼の存在をかき消していく。それは、外の世界にいるもうひとりのさくらにも同じであった。
「もう一度産まれても、創った者が消えたから創られたものも…消える。
 次元の魔女(あのひと)から聞いて分かっていた。…こうなる事は。」
「そんな!!」
 残る二人が叫ぶ。
「君は違う。名前も姿も。
 それに、創られたものでもない。」
 四月一日と向き合う小狼。すでにこれから自身に訪れる事態を受け入れた小狼は、穏やかであり、伶俐であった。
「たとえ創られた者でも、存在が消えるなら世界は揺れて波立つ。
 そこに亀裂が生じるはずだ。
 …そこから出ろ、世界へ。」
「待て!」
「ねじれた世界の輪の中だとしても、こうして産まれて来られて良かった。
 …ありがとう。」
「小狼!!」
 二人の叫びもむなしく、風とともに消え去った小狼。
 最期の言葉とともに残されたのは、一枚の純白の羽根だった。
 後に残された、巨大な喪失感。そこに、彼の予言どおり、空間に一筋の亀裂が走る。
「…対価を、払え」
 鳴り響く、怨念が込められた声。しかしそれは、ここではないどこかから響くものだった。
 次の瞬間には小さくなっていく、次空の亀裂。
 二人は、決意する。
「…出よう。」「…帰ろう。」
「おれたちの在(い)るべき所へ。」