「みんなは?」
「分からない。」
突如放り出された、虚の世界。
誰もいない、何もない。そこにいるのは、二人の小狼だけ。
「とにかく、ここから出よう。」
しかし、程なく二人は異常に気づく。
「魔力が…」
「使えない…」
二人が脱出するための、唯一の術。…それが、使えない。
「これが…
飛王が言っていた対価…か。」
「だとしてもおれだけで…」
飛王の業を自らの咎として悔いる小狼に、一方の小狼がかぶせる。
「おれも、小狼だから。」
その言葉が、染みいるように彼の胸に届く。
「なら、おれがここに居る事もそうなのかな。」
何処からか、近づいてくるもう一つの影。
はっ、と二人が振り向いた先にあったのは、左手に衣を抱えた四月一日君尋の姿だった。
「前に夢でさくらちゃんに会った時に言ってた。
おれと君は似てる、って。」
しっかりと、ふたりの小狼を見据える四月一日。彼は、どこか達観した瞳で二人と向き合う。
「こうしていると…分かるよ。
おれと君たちは似てるだけじゃない。
侑子さんが言ってたとおり…おれたちは、同じだ。」
自ら導き出した、答え。彼と存在を分かつ小狼が目を伏せたことで、四月一日はそれが当を得たものだと知る。
彼は、話題を変えるように目を周囲にやる。
「…夢、じゃないな。」
「ああ。
狭間かもしれない。…次空の。」
もう一方の小狼が答える。
「きっとおれが、一番何も知らない。
何故ここにこうして3人でいるのか、教えてもらえるかな。」
四月一日は、続けた。知りたかった。…真実を。
小狼は、彼に事の次第を告げた。
「…そうだったのか。
似てて当たり前だな。…同じなんだから。」
包み隠さぬ言葉に、四月一日の表情が穏やかになる。
全てを、受け入れたかのように。
「おれの選択が、ここまでみんなを、
世界を巻き込んだ。
…二人も……。」
時を巻き戻した小狼が、なおも歯がみする。それでも、傍に立つ小狼は、
「その選択がなければ、おれは産まれなかった。
さくらやみんなにも、会えなかったんだ。」
と、穏やかな笑みを浮かべる。四月一日もまた、
「…そうだな。
おれもみんなと一緒に過ごせて、
存在(い)るだけでいいって言ってくれるひとに会えた。」
と、宙を眺めながら答えた。
二人の思いを聴き、小狼は二人に告げた。
「世界が今どうなってるか分からない。
けれどおれは、ここから出る。
出て、おれがすべき事をする。」
四月一日もまた、
「おれも…待つと決めたから、店に帰らないとな。」
と応じる。
「少しでいい。
…どこかに亀裂があれば、そこから出られるかもしれない。」
虚無の空を眺め、呟く小狼。次の瞬間、もうひとりの小狼の身に異変が起こる。
「?!」
突如生じた、大小いくつもの鎌鼬(かまいたち)。それらが、彼の存在をかき消していく。それは、外の世界にいるもうひとりのさくらにも同じであった。
「もう一度産まれても、創った者が消えたから創られたものも…消える。
次元の魔女(あのひと)から聞いて分かっていた。…こうなる事は。」
「そんな!!」
残る二人が叫ぶ。
「君は違う。名前も姿も。
それに、創られたものでもない。」
四月一日と向き合う小狼。すでにこれから自身に訪れる事態を受け入れた小狼は、穏やかであり、伶俐であった。
「たとえ創られた者でも、存在が消えるなら世界は揺れて波立つ。
そこに亀裂が生じるはずだ。
…そこから出ろ、世界へ。」
「待て!」
「ねじれた世界の輪の中だとしても、こうして産まれて来られて良かった。
…ありがとう。」
「小狼!!」
二人の叫びもむなしく、風とともに消え去った小狼。
最期の言葉とともに残されたのは、一枚の純白の羽根だった。
後に残された、巨大な喪失感。そこに、彼の予言どおり、空間に一筋の亀裂が走る。
「…対価を、払え」
鳴り響く、怨念が込められた声。しかしそれは、ここではないどこかから響くものだった。
次の瞬間には小さくなっていく、次空の亀裂。
二人は、決意する。
「…出よう。」「…帰ろう。」
「おれたちの在(い)るべき所へ。」