「わたしの羽根。
どうか覚えているなら、すべてを刻んだままに…
還して」
長くつらい時の末、二人のさくらが手にしたもの。それは、一つひとつの羽根が、涼しげな響きを奏でつつ、次元を、そして空間を越えていく『ツバサ』の力だった。
「やめろぉ!!!」
絶叫に似た、飛王の声。
…彼にとっての災いは、それだけではなかった。
異変を示し続ける魔法具に気を取られた飛王は、眼前に迫る危機に対し、完全におろそかになった。ファイの魔法を剣に乗せ、飛王を狙う黒鋼の刃。反撃もむなしく、日本国忍軍の紋が入ったヘッドギアと引き替えに、黒鋼の亡父の形見・『銀竜』の刀身が、飛王の胴を抜く。
二人の小狼が、彼とさくらを分かつ障壁を渾身の力で破壊したのは、まさに機を同じくした。
砕け散る、魔法具。その筒から、黒き濁流が溢れ出す。
「魔女は生き返る…。
その為に私は、存在するのだから……。」
流れに翻弄される飛王。堅くこわばった躯が、破片となって砕けはじめる。…まるで、小狼との別れの時のごとく。
「そして…
伝えねばならない事が…。
私は…その為に…
私 は… を……」
レンズを失った片眼鏡が、足下に落ちる。
しかし、邪悪な意志が、容易に昇華することはなかった。
…小狼とさくらの二人を分かつ障壁が取り除かれても、今度は黒き濁流の源となり、彼らの行く手を阻む。
「!」
どんなに伸ばしても、届かない手。
そこに、飛王の最期の声が響き渡る…。
「…小狼
おまえと私は同じ…。
おまえも己の罪の……
対価を…払え……。」
「世界が、元に戻り始めてる!!」
ファイが、渦を描く濁流の先にある次元を見つめて叫ぶ。
「サクラ!!」
静かに、彼らが立つ水場に降り立った二人のさくら。
しかし、彼女が腕を伸ばす先に、居るべき存在がいない。
「小狼が出てこないよ!!」
…濁流は渦を描き、衰える気配無く、天を衝く。
「小狼ー!!!!」
飛王という宿敵を斃した歓喜は、そこにはなかった。ただ、悲鳴に似た叫び声だけが響き渡っていた…。
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二人は、立っていた。…全てを覆い尽くす、闇の中で。
「ここは…」
小狼は、もうひとりの小狼に問う。
「わからない。けれど、何もない。
それに…
誰も…いない」