「わたしの幸せは、
こうして産まれて、貴方と逢えて、過ごせて、
そしてあの子を産めたこと。」
彼女にとっての幸せ。…夢で逢った、もうひとりのさくらの問いかけに、彼女はぶれることのない答えを知っていた。
「おれも同じだ。
そして、あの子が産まれた時、さくらに言った言葉も変わらない。
必ず守る。
…おれの大事なひとと、大事な息子を。」
同じ答えの、小狼。その言葉を聞いて、さくらは表情を崩す。
「また離ればなれになっても、必ずまた探して逢いに行く。」
「…わたしも。
貴方を探してまた逢います。…必ず。」
そして再び、時が流れる。
「母さんが夢を?」
幼き少年が、父に問う。
「おまえを待っているひとがいる、と。」
父は、知っている。…その言葉が、我が子を茨の道へ誘うことを。
少年は…、まっすぐな瞳で父の顔を見つめ、答える。
「それがおれのやるべき事なら…行く。」
「…変わらないな。
いや、変わる筈もないか。」
わかっていたはずの答えを改めて聞き、父は顔をやや和らげる。そんな父を見て、少年は思わず「父さん??」と声をかける。
再び、少年に向き直る父。鋭い視線を向ける彼の左手には、家伝の長刀が携えられていた。
「では、これをおまえに。…我が名と共に。」
…本来は、おまえの名だ。…『小狼』。
言葉にできない思いを秘めつつ、この後少年が長い旅を共にする剣を手渡す。
「!!」
彼の背丈ほどもある刀身の重みに驚き、少年は思わずバランスを崩す。が、すぐに担ぎ直し、剣を手にした姿を父に披露する。
…長い旅立ちを前に二人の間に流れた、穏やかで、そして運命的なひとときだった。
「後の事は…
今日、桃矢兄さんと雪兎さんに手紙が届くわ。
わたし達をあの人に託して欲しいと。…あの杖を対価に。」
『小狼』の名を継いだ愛息が旅立った後、庭園の池を前に、さくらが小狼に切り出す。
小狼もまた、懐に抱いた包みをさくらの前に差し出す。
「それは……」
ひらりと、包みが解ける。中には、内部についたてを有する硝子製の筒。…その形に、さくらは当然心当たりがあった。
「李家の宝物庫にあった。
おれに護るように、と遺言があったそうだ。
…クロウ・リードという名の、この李家と血の繋がった魔術師の。」
「…それはあのひとが言っていた…?」
「産まれる前、魔術は使えなかったおれが、
この家でクロウの血縁としてこうして力が使える。
それが、渡された力という意味なのかもしれない。」
クロウと侑子の、命を賭した願いがあって、二人はいまこの場所に立っている。しかし、それだけで二人が『幸せ』を掴めるわけではなかった。
…抱いた筒を、魔術で宙にふわりと浮かべる小狼。
その掌に、同じく魔術を込める、さくら。中天へ浮き上がる筒を前に、小狼は言葉を継ぐ。
「ただ繰り返す時間は、
その中でずっと生きられていたとしても先に進めないなら、
死と同じだ。
……この力で、必ず輪の出口を見つける。」
真っ直ぐな視線が、合わさる。
二人の、二つの掌が、一つに合わさる。
身体を引き寄せ、二つの心が、一つになる。
そして、二人の足下に、互いの魔法陣が現れる。…その魔法は、容姿を変え、二つの異なる空間へと二人を連れ去り、分け隔てるものだった。
互いの姿を写しながらも、決して温もりを通さない障壁に手を合わせながら、二人は想いを通わせる。
「あの夢を」
「あの二人のものにはしない。」
「また逢えるまで」
「…待ってる。」
自らの意志で、互いの身にかけた呪。それは、一縷の望みに自らの命運を託す、大きな賭け。それでも、二人は決断した。
「…信じて。」
:
:
:
「では、おまえ達は私が創った写身か!!」
…玖楼国、決戦の空間。突然現れた、もう一組の小狼とさくらの真実は、さすがの飛王にも予想できなかった。
「一緒に旅した、サクラと小狼!?」
驚くモコナ。その声に、小狼とさくらは柔らかな笑みで応えたのであった。