「さあ、朝ご飯の時間ね。
お茶用の薬草を摘んで、先に行っていてくれる?」
抱きしめた我が子を放し、おつかいに遣(や)るさくら。
彼は母に返事をし、稽古をつけてくれた父に礼を言うと、そのまま駆けていく。
…平和なはずの、幸せなはずの、時間。それが儚(はかな)い夢に感じるのは、両親である二人が抱えた「咎」に因(よ)る。
「…夢を視たの。」
さくらが、切り出す。
「…それは、これから起こることなのか。」
「…ええ」
さくらは、続ける。
「本来、貴方の基であった筈の小狼が、貴方の息子として産まれるなんて、
あり得る筈がない。
…過去、わたし達が過ごした時間を考えても、
このままあの子が成長し、そして次元を越え、玖楼国へ行き、
あの子のさくら姫に逢い、囚われ、貴方やわたしが作られるのだとしたら、
この世界は…」
「同じことを繰り返す事になる。
…閉じられた輪のように。 」小狼が、彼女の意を汲み、言葉を継ぐ。
「その中で、あの夢は唯一、わたし達が過ごした中で『存在しなかった』刻。」
「…それが、輪の出口になるのか。」
小狼が、そしてさくらが共に視る映像(ビジョン)。そこには、硝子の筒の中で、たった一枚の障壁により分け隔てられる、少年と少女の姿がある。近くに居るのに触れあえない、声も届かない空間。やがて少女の背中から出でた翼が、彼女を異世界へと連れ去る。
さくらが視た夢には、その続きがあった。
「…そして、二人は別れて、もう二度と逢えない。
どんなに刻を待っても、どの世界へ行っても。…」
「そんな…。
これからあれ程辛い旅をして、
あの子が迎えるのがあの子の姫との別れだなんて…。」
小狼は、言葉を失う。
「そんな想い、させたくない。
あの子にも、もうひとりのわたしにも。」
「…確かに、夢で視たのは『小狼』と『さくら』だったんだな。」
「ええ。」
「その刻のふたりがおれ達でも、未来を変えた事にはならない。
…おれ達も、『小狼』と『さくら』だから。」
両の掌を重ねつつ、二人の意志は一つの想いへ繋がっていく。
さくらは、さらに続ける。
「…もうひとつ、夢を視たわ。
それは…、別世界のわたし、いえわたし達と逢ったの。」
彼女の手から現れたもの。それは、もう一人の『さくら』から託された、星を中心に据えた愛らしい杖だった。
「これを。これは貴方の、大切なものでしょう。」
夢の世界で、初めて出会った二人。それでも、彼女はためらうことなく、さくらへ杖を手渡した。
「杖はなくしても、カード達(みんな)とは一緒にいられるから。
みんなを、信じてるから。
…だから貴方も、信じて。
例えどんな最初だったとしても、貴方は貴方だから。
貴方の幸せが、貴方の大切なひとの幸せだから。
どんなときも信じて。…貴方を、貴方を大好きなひとを。
『絶対、だいじょうぶだよ』って。」
星の『鍵』と共に、彼女はさくらに一つの「道」を示す。
…それは、彼女がこれまで困難を解き放つための『鍵』となった言葉だった。