「…やっと、逢えた」
大人びて、どこか醒めた目を持つさくらが、異境の地で初対面の男性に突然抱きつく。その行為に、傍にいた同級生3人は、一様に驚く。それでも、二人は運命の再会に、周囲を憚ることはなかった。
「…でも、信じていたから。
必ず、逢えるって。」
…それから、数年の月日が流れる。
香港・小狼邸の、さくらの寝室。外は、再び桜が舞う季節になっていた。
心配げな表情を浮かべつつ、そっと天蓋のカーテンを開ける小狼。そこに、さくらが体を起こして座っていた。彼女の胸には、生まれたばかりの小さな生命。難産の末に授かった、二人の宝物だ。
「心配かけてごめんなさい。
わたしもこの子も、もう大丈夫よ。」
生気ある彼女の表情をみて、小狼は安堵する。
「…無くすかと思った。あのときみたいに。」
「貴方を置いて逝ったりしない。
約束したもの。…罰を受けることになっても、貴方と生きたい、と。」
「…さくら…。」
欠けることのない、記憶。かつて交わした一つ一つの言の葉が、今は一つの鎖として二人の間を強くつなぐ。
「お父様とお母様が、貴方の小さい頃にそっくりだって。」
赤ん坊の顔を見つめる小狼に、柔らかな笑みを浮かべるさくら。
しかし、言葉を続ける彼女の顔に、憂いが帯びる。
「それも当然なのかもしれないわね。
この子は貴方とわたしの子供で、そして…
貴方と同じ存在でもある。」
はっ、とする小狼。
「では、やっぱりこの子は…」
「ええ。
もう一人の小狼。…貴方は、この子を基に創られた」
二人の脳裏に、あの時侑子が遺した言葉が響く。もう一度出逢う、『もう一人の貴方達』。
「これが、あのひとが言った言葉の意味か。」
「もうひとりのわたしとも逢うわ。…必ず。」
「…そしてもう一度、『あの時』を迎えるのか…。」
「…だとしても…」
小さな掌が、さくらの白い手に触れる。この子の五本の指をもってして、ようやく彼女の一本の指が掴み取れる。それほど小さな掌が、このあととてつもなく大きな困難と試練を負わねばならない。
そんなさくらと懐の我が子を、小狼は右手で引き寄せ、強く抱きしめる。そして、子供を抱くさくらの左腕に手を添え、答えた。
「必ず守る。
おれの大事な人と、大事な息子を。」
力強い言葉に、彼女は言葉を返す代わりに、そっと体を彼の胸に預けるのであった。
…それから、さらに時は移る。
さくらの姿を映し出す、庭園の泉。舞い落ちる桜の花びらが、水面に小さな波紋を描いていく。
「おはよう、母さん」
駆けてくる小さな愛息に、「おはよう」と返すさくら。彼女は膝を掲げ、彼の視線の高さで話しかけた。
「今朝はいつもよりもっと早起きね。」
「父さん、昨日仕事から戻ったから!
今日からいろいろ色々教えてくれるって!体術も、他の術も!!」
彼のあどけない笑顔につられて、笑みを浮かべるさくら。
「良かったわね。」
そう答えるも、彼女は思わず小さな我が子を抱きしめた。小狼がこの子に術を教えるとき、それはこの子が旅立ちの準備を始めるとき。その事実が、彼女の胸を締め付ける。
「…また具合悪いんだったら、すぐに休んだほうが…」
気遣う彼に、彼女は
「いいえ、違うの。大丈夫よ」
と首を振る。
「ただ、貴方がわたしの子供として産まれてくれて、本当に幸せだと思って…」
貴方がいるから、今のわたしたちがいる。そして、貴方の幸せのために、今わたしたちができることを伝えたい。…『母』として、『父』として。
…そんな想いを、彼女はそっと言葉にした。