「貴方はもうこれ以上、何も背負う必要はない。
もう、十分苦しんだのだから。…もうひとりの貴方達も」
人の手により創られた存在、『写身』である小狼とさくらに、命を与える。その対価を問われた、侑子が答えた。
「ただし、あたし達2人の対価を合わせても、人の命を与える事は難しい。
ただ生まれ変わる命のように、何もかも忘れて日々を送れる訳ではないの。
新しく産まれたとしても、貴方達の記憶は残る。
…そしてもう一度、『この時』を迎えることになる」
「『この時』?」
小狼の問いに、侑子は続ける。
「…今、時は過去から未来へ、ただ一つの方向にだけ流れているわけではないわ。
過去と未来が混在し、更に捻れて絡み合ってしまっている。」
飛王の企みにより、壊れた理(ことわり)。しかし、それでも壊れていない摂理もある。
「過去も未来も、その全てを決めるのは『現在』の選択だけよ。」
…侑子の掌から、舞い落ちる桜の花びら。それが、小狼とさくらの二人が旅の途中で選択してきた一齣(ひとこま)一齣を映し出す。
差し出した『関係性』という対価の重さに、心が震えた阪神共和国。
亡き阿修羅王の遺志を酌み、告げた言葉が国の道筋を変えた修羅ノ国。
願いのために他者の命と大切にするものを奪い、己の罪深さを知った東京国の砂漠。
一方で、誰かの命を護るため、記憶の羽根を置き残すことを選択した都庁の地下。
大事な人を傷つけたくないと、抗えぬ呪いの刃に身を差しだしたインフィニティ。
…そして、どれだけ過酷な未来が待ち受けても、大切な人を護るために次元を渡る旅へ身を投げ出した、旅立ちの刻。
幸せな思い出、辛い思い出。転生しても、これらの記憶を抱きしめたまま、新たな人生を歩むことになる。
侑子は、告げる。
「けれど、もう一度もうひとりの貴方達と出逢う事になる。
出逢ってどうするかを決めるのは、貴方達よ」
さくらに目を向ける、小狼。しかし、彼は正視できず、顔をうつむける。
「…おれは…、色んな人達を傷つけて…
さくらまで…」
「それは貴方の意志ではないわ」と、侑子は宥める。
「けれど、やったのは…おれです。」
掌を見つめる、小狼。
血は洗い流せても、咎は拭えない。その過ちに、彼は苛まれる。
そこに、さくらが口を開く。
「もし、そうだとしても
貴方がした事が罪だというなら、わたしもその罪を背負いたい。
その為にいつか罰を受けるならそれでもいい。
わたしは貴方と…生きたい!」
まっすぐに小狼を見つめる翡翠の瞳は、偽らざる想い。胸に添える握りしめた左手は、決意の固さ。伸ばされた右手は…、彼の想いを確かめるため。
その白い手に目を遣りながら、ためらう小狼。
そんな彼を真っ直ぐに見つめながら、答えを待つさくら。
彼は、軽く目を閉じる。己に向き合い、導き出した答え。小狼はゆっくりと右腕を伸ばし、彼女の掌を取った。
「選択はなされたわ。」
迷いが晴れた小狼の瞳、溢れる気持ちが滴となって浮かぶさくらの瞳。真っ直ぐ向き合った視線が示した答えに、侑子は表情を和らげた。
程なく、二人の足下に二つの魔法陣が現れる。クロウのものと、侑子のもの。それは、二人に次元を越える旅立ちを告げるものだった。
「産まれた後、おれ達は…」
「同じ次元、同じ世界、同じ時間に生を受ける。必ず逢えるわ。」
再び二人に迫る別離を前に、見つめ合う二人。繋がった二つの右手を、離すまいと互いに添えた左手。さくらは、想いをことの葉に換えて、小狼に届ける。
「やっと言える。
あなたが…、好き。」
途切れた言葉が、紡がれる。
「…おれもだ。」
小狼と、さくら。二人の想いが、一つの絆として、結ばれる。