トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.220−最強の魔術

 「何を、選べと…」
 侑子の問いに、小狼は答える。
 「未来(これから)を。」
 侑子の視線の先に、さくらが居る。
 花びらと化して散ったはず彼女の躯が、いつしか元の姿へと形を結ぶ。
 颯颯とわたる風が、静まりゆく。
 そして、閉じられていた翡翠色の瞳が、ゆっくりとひらく。
 あらゆる感情、想いを口にするよりも前に、小狼の身体が前に出た。
 彼女を捉えんと、真っ直ぐに伸びた左腕。
 だが、数瞬の後、彼は自らの掌を閉じ、動きを止める。
 偽りの存在、まがい物の命。それすら今や、失った現状。全てを知った小狼、そしてさくらもまた、互いに手を伸ばし、取り合う事を憚った。
 「貴方達は創りものだから、死んではいない。」
 葛藤する小狼を横目に、侑子が告げる。そして、次に彼女の口から出た言葉は、二人にとって予想もしないものだった。
 「けれど、だからこそもう一度産まれる事が出来る。
  …貴方達それぞれに、命を与えて。」
 「対価は…?」
 侑子の真意を図りかねる小狼。彼女の答えは、さらに衝撃的なものだった。
 「もう貴方達が何かを差し出す必要はないわ。
  それに、全ての始まりはあたし達だから、その対価はあたし達が払うべきなの。」
 全ての人に、等しく訪れる終わりの刻。強い魔力を持つ侑子にも、その瞬間が訪れた。
 大切な人との別れを前に、クロウは侑子の生を留めたいと願い、飛王はそれを自らの手で叶えようとした。
 「クロウ…お父様?」
 侑子の言葉に、さくらは反応した。彼女の父の名もまた、クロウだったからだ。
 「貴方にとっては、そうね。」
 小狼が時間を巻き戻した影響で、さくらの死の刻印の事を知るものはその道筋を大きく変えた。玖楼国の神官であり、本来のさくらの母であった王妃は鬼籍に入り、彼女の父であった王は、小狼(写身)の養父となった。
 「さくらの父」という空席を埋めるため、クロウは玖楼国へと向かう。そして…
 「貴方が選んだ時の為に、残った命と魔力を託していった。
  小狼、貴方の対価として。」
 「!!」
 その言葉に、小狼は息を呑んだ。
 「そして、サクラ。貴方の対価は、あたしが払う。」
 「なぜ…。」
 なおも、言葉を継ぐ侑子。さくらは、彼女の言葉の裏に隠れた真実を求めた。
 「あたしが、この捻れた世界の最初だから。」 
 「…クロウは、貴方を甦らせようとしたんですか?…禁忌だと知っていて…。」
 禁忌。それを犯す事への畏怖を知った小狼は、侑子に問う。
 「いいえ、クロウは何もしていないわ。
  …ただ、一瞬だけ、『もう一度目を開けて欲しい』、そう思っただけ。
  けれど、クロウの魔力は大きすぎて、
  あたしはその強い想いのままに刻をとめてしまった。
  クロウはその時からその魔力の強さを悔いていた。
  『この世で一番強い魔術師』である自分を。」
 押し殺した声で、侑子は過去を語る。
 「…わたしが選んだら…、貴方はどうなるんですか?」
 侑子に問いかけるさくらの胸に、不安がこみ上げる。
 「…それは、あたしのこと。」
 そう答えた彼女からは、他人に語るまでもない覚悟が滲み出ていた。