「何を、選べと…」
侑子の問いに、小狼は答える。
「未来(これから)を。」
侑子の視線の先に、さくらが居る。
花びらと化して散ったはず彼女の躯が、いつしか元の姿へと形を結ぶ。
颯颯とわたる風が、静まりゆく。
そして、閉じられていた翡翠色の瞳が、ゆっくりとひらく。
あらゆる感情、想いを口にするよりも前に、小狼の身体が前に出た。
彼女を捉えんと、真っ直ぐに伸びた左腕。
だが、数瞬の後、彼は自らの掌を閉じ、動きを止める。
偽りの存在、まがい物の命。それすら今や、失った現状。全てを知った小狼、そしてさくらもまた、互いに手を伸ばし、取り合う事を憚った。
「貴方達は創りものだから、死んではいない。」
葛藤する小狼を横目に、侑子が告げる。そして、次に彼女の口から出た言葉は、二人にとって予想もしないものだった。
「けれど、だからこそもう一度産まれる事が出来る。
…貴方達それぞれに、命を与えて。」
「対価は…?」
侑子の真意を図りかねる小狼。彼女の答えは、さらに衝撃的なものだった。
「もう貴方達が何かを差し出す必要はないわ。
それに、全ての始まりはあたし達だから、その対価はあたし達が払うべきなの。」
全ての人に、等しく訪れる終わりの刻。強い魔力を持つ侑子にも、その瞬間が訪れた。
大切な人との別れを前に、クロウは侑子の生を留めたいと願い、飛王はそれを自らの手で叶えようとした。
「クロウ…お父様?」
侑子の言葉に、さくらは反応した。彼女の父の名もまた、クロウだったからだ。
「貴方にとっては、そうね。」
小狼が時間を巻き戻した影響で、さくらの死の刻印の事を知るものはその道筋を大きく変えた。玖楼国の神官であり、本来のさくらの母であった王妃は鬼籍に入り、彼女の父であった王は、小狼(写身)の養父となった。
「さくらの父」という空席を埋めるため、クロウは玖楼国へと向かう。そして…
「貴方が選んだ時の為に、残った命と魔力を託していった。
小狼、貴方の対価として。」
「!!」
その言葉に、小狼は息を呑んだ。
「そして、サクラ。貴方の対価は、あたしが払う。」
「なぜ…。」
なおも、言葉を継ぐ侑子。さくらは、彼女の言葉の裏に隠れた真実を求めた。
「あたしが、この捻れた世界の最初だから。」
「…クロウは、貴方を甦らせようとしたんですか?…禁忌だと知っていて…。」
禁忌。それを犯す事への畏怖を知った小狼は、侑子に問う。
「いいえ、クロウは何もしていないわ。
…ただ、一瞬だけ、『もう一度目を開けて欲しい』、そう思っただけ。
けれど、クロウの魔力は大きすぎて、
あたしはその強い想いのままに刻をとめてしまった。
クロウはその時からその魔力の強さを悔いていた。
『この世で一番強い魔術師』である自分を。」
押し殺した声で、侑子は過去を語る。
「…わたしが選んだら…、貴方はどうなるんですか?」
侑子に問いかけるさくらの胸に、不安がこみ上げる。
「…それは、あたしのこと。」
そう答えた彼女からは、他人に語るまでもない覚悟が滲み出ていた。