トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.132−信じる怖さ

 「何故サクラちゃんだけで対価を取りに行かせたんだ!」
 ファイは、憤っていた。彼が生死を彷徨う間に、黒鋼が下した決断。それは彼女の意向を汲んだものだが、リスクがあまりにも大きすぎた。
 死の国・東京において、女性が夜、一人で旅をすることの危険さは明らかだった。事実、黒鋼は自身の怪我の治療を後回しにして貴重な薬を温存し、傷ついて帰って来るであろう彼女の治療に充てようとしていた。だが、ファイの懸念は、そもそも彼女が生き延びて還ってこられるかだ。それが永久(とわ)の別離(わかれ)になることも承知で彼女を待つか、それを否定して彼女を追うか。一触即発の空気が、二人の間を流れる。
 「もし…、もし助けに行って貴方が傷つけば、さくら…いや姫はもっと傷つく。」
 二人の側でやりとりを見ていた『小狼』が、ファイを諌める。自分を助けようとしてファイが傷つけば、さくらの「心」が何倍も傷つく。ファイが、さくらを傷つけたくないように…。客観的に、しかも正鵠を得るその言葉に、彼は思わず去っていったもう一人の小狼の姿を浮かべた。
 
 一方、目的の対価を得たさくらだが、手元の方位針は先の戦いで受けた衝撃時に損壊し、何処への道も指し示さなくなった。帰るべき道を見失ったさくら。だが、救いの手は思わぬところでさしのべられる。東京国に、今も留まる死者の魂。その手が、その指が指し示す先こそが、彼女の戻るべき場所だった。
 身を刺す酸性雨に身を濡らしながら、仲間の元へたどり着いたさくら。助け起こしたファイの姿を見て、彼女は涙ながらに呟いた。
 「ファイさんが辛い時に…何もできなくてごめんなさい…。今もきっと、わたしよりずっと貴方が辛い…、それでも…生きていてくれて…よかった…。」
 傷を顧みず、傷ついた心の奥底にそっと手をさしのべる…。そんな彼女の体を、ファイは思わず強く抱き締めるのだった…。