「私は、己の願いを叶える。」
そう呟くや、夜叉王の胸に深々と剣を刺し貫いた阿修羅王。しかし、その時夜叉王が取った行為は、その胸に夜叉王を抱き寄せることだった−。
間近で見る夜叉王の顔は、右半分に傷を負っていた。
「…私がつけた傷だな」
その傷は、かつて阿修羅王が夜叉王と相まみえていたときに負わせたものだった。互角の剣技を持つ二人だったが、夜叉王は次第に病に冒されていく。傷は力の均衡が破られた故のものであった。
その傷を確かめるや、夜叉王の身体は溶けていくかのように消えていった。夜叉王は、すでに病でこの世を去っていた。月の城での夜叉王は、まるで生きているかのような「影身(うつしみ)」。そして、その幻をつくりだしていた力の源は、ほかならぬさくらの羽根だったのだ!
「探していたのは、これか?」
羽根を手にした阿修羅王が、小狼に問う。
「…はい。」
「では、返そう。…望みは叶ったか?」
「…はい。」
「月の城は、阿修羅が制した。…願おう、我が真の願いを!」
こう言い放ち、手にした刀を地に突き刺すと、月の城は轟音を立てて崩れだした。
「…やはり我が願いは、月の城を手に入れても叶えるには重すぎたか。」
加速していく城の崩壊。王を守る立場にある倶摩羅は王を呼び寄せようとするが、動く気配はない。阿修羅王は、小狼の方を振り向いてこう言い残す。
「小狼。諦めれば、そこで全てが終わる。願い続けろ。強く、強く。
たとえ己が何者でも、他者が己に何を強いても、己の真の願いを願い続けろ。」
それが、岩塊となる城と運命を共にした阿修羅王の、最期の言葉だった。