《xxxHOLiC・戻》第28回
ヤングマガジン:2014年15号:2014.03.10.月.発売
「え?」
客の少女のとまどいを残したまま,侑子は話を進める。
「その お腹が空いたって蹲(うずくま)ってたひとって」「どんな感じだった」
「えっと」「……あれ?」
ひとさし指を額に当てたり,手でほおをおおったり……。
「……思い出せません」
少女は,血の気の引いた顔で,そのことばを押し出した。
「全然?」
驚いて尋ねる君尋にも,首を振る。
「貴方は 選ばれて 試されて」「そして 受け取ったの」
淡々と話す侑子は,誰から,と聞く少女に,もっと大切なのは「どんな行いも見られている」という事実だと言う。
誰に,と聞く君尋には,
「貴方は何度も会っているでしょう そんな『存在』に」「過ごした時間の中で」
そのとき“ぐら”と来て,君尋は片手を頭にやるが,いっときのことではあった。
どうすれば,と少女に問われ,侑子は答える。したいようにすればいい。誰かを助けて受け取った対価だから,少なくとも持っていて不幸にはならない。
すがるようにちらと目を向けられ,君尋もやさしく話す。思うようにすればいいと思う。お弁当をあげた時と同じように。
「…思うように」
いったん目を閉じた彼女は,あらためて君尋に向かって言った。
「貴方が,貰ってくれませんか」
今朝のことがこわかったので,前に聞いた「店」を思い出して来てはみたが,君尋が声をかけてくれたから,はいることができて話が聞けた。この30円のことは,誰からかわからないものを持ってたり使うのは,ちょっとこわい。
「だから わたしからの御礼に」「良かったら貰ってください」
言ってしまってから,気がついた。
「自分が怖いものあげるって 失礼ですよね やっぱり!」
“あわわわわ”とうろたえる少女を,そんなことはないとなだめる君尋。侑子が言う。
「…四月一日は」「どうしたいの?」
少女は,30円を左手ですくい,右手で巾着袋をつまみあげている。
「…君がいいなら 頂くよ」
「君が,店に来られた礼にくれた『対価』だ」「…有難う」
「…良かった」
その表情は,おだやかな落ち着いたものになっていた。
「わたし,さっき言われたように みんなに『お人好し』って言われてて それ,褒め言葉じゃないなって なんとなくは分かってるんですけど」「でも,何をどうなおしていいのかも良く分からなくて」
「なおしたいの?」君尋
わからなかったが,お弁当は迷惑にならなかったのなら,
「これからもこのままのわたしでいいかなって 思えました」「有難うございます」
お互いに笑顔を向けあう少女と君尋を,侑子は,冷ややかな表情で見ていた。
座敷のお膳に置かれたコンロで,土鍋に目いっぱいのおでんが,煮えている。
「で 帰ったんですか」
酒をつぎながら聞く静に,侑子が答える。
「ええ 四月一日の手作りプリンをお土産に持って」
「減ったのか プリン」と,静。
「減ったのよ 3個も」と,侑子。
まだ2つあるとかっぽう着の君尋はあきれるが,お酌を返しながら,侑子は静に,仕方ないから1個ずつ食べましょと言う。静は昼にも食べたという君尋の指摘は無視である。
「ま, あの30円なら 貰うだけだと『釣り合わない』から」「プリンでちょうど という感じかしら ね,四月一日」
わずかに笑みを浮かべたまま言う侑子に,君尋は,プリンなどそんなたいそうなもんではと返すが,
「いいものだったんですね その30円」
静のことばは,的を射たもののようだった。
「ええ」「四月一日には言ったけど 元々用いるのは『銅』で」「取り替える事によって変わるのは お互いの『運』だから」