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戻 第22回

《xxxHOLiC・戻》第22回
  ヤングマガジン:2014年4・5合併号:2013.12.21.土.発売
 
「四月一日君がいうなら やらない」
ひまわりは笑顔で言い直す。まだ,そんな気がするだけでと言う君尋に,
「四月一日君が わたしを心配して言ってくれたんだもの」
そのことばに,君尋は,目を閉じて頭を下げた。
「…ありがと」
礼を言うのはわたしのほうと言いながら,ひまわりは,マグボトルの中身をコップにつぎ,湯気の立つそれを両手で差し出す。
「いつもありがとう」「四月一日君」
君尋も両手で受け取り,にっこり見つめ合う。そんな2人を,静はじっと見ていた。
 
「しかし… ほんとに流行ってんだな あの300円の」「小学生からおれらくらいまで」
君尋が並んで歩いている静に話しかけながら寺の門前まで来ると,あの年配の女性が中から出てくるところだった。
女性は,ほほえんで会釈した。
「このお寺の方 でしたよね」
「はい」と,静。
先日はすぐ戻ってしまったのでお参りだけでもさせてもらいに来た,ということで,あらためて静が頭を下げ相手も応じる。君尋が横から,この前持っていた百円玉は賽銭箱にいれるつもりだったのかと,問いかけた。
「…ごめんなさい 実は… そうなんです。」
とがめられたと思ったか表情がかげったので,君尋はあわてた。
「違うんです! あの時 鞄もあったのに 剥き出しで百円玉,握っていらっしゃって」「なんでだろうって,不思議に思って…」
どこかで拾ったものかと,静が口をはさむ。
「いえ,それが」「歩いていたら急に声をかけられて 『300円持ってますか』って」
はいと答えると,自分で握っていた300円を見せ,それと交換してほしいと言った。くださいとかじゃなく交換,と。
「特に汚れたり欠けたりした百円玉でもなかったんで どうして交換する必要があるのか尋ねたら」「急に手を掴んできて」「『いいから早く』って 凄い目で睨んできて」
こわくなった女性が財布から300円を出すと,すぐに互いの300円をすごい勢いで交換し,逃げるように行ってしまったのだった。
その人の様子も君尋は尋ねた。
「全身包帯だらけで 大怪我してましたねぇ 外を歩いているのも心配になるくらいに」
「それで 行ってしまう時に まるで言い捨てるみたいに そのひと」「『あんたも,それを誰かと交換しないと…』って 言ったんです」
「交換しないと 何だと」
「それが良く聞こえなくて」
何だか気味が悪くて交換しなかったが,持っているのもやっぱりこわいのでお賽銭にしようと思ったのだった。
「ごめんなさいね そんなお金をお賽銭箱に入れようなんて」
「いえ」「寺はそういう所ですから」
静は,さらりと言ってから尋ねた。
「300円は あの後」
「ええ 神社のお賽銭箱に」
「良かったです」と,君尋。
「え?」
「300円を交換しないで 良かったです」「貴方にとっても…」
そのとき,“りりりり”ハンドバッグから音が響き,女性は,携帯を取り出して音を止めた。が,画面を見て,もうこんな時間と,ちょっと驚いたようす。
「お邪魔しました」
「お引き止めして すみませんでした」は,静。
みんなでおじぎをして,女性は歩み去った。
 
女性の姿が遠ざかると,静が君尋に尋ねた。
「『貴方にとっても』の続きはなんだ」
「『他のひとたちにとっても』」
君尋は,さらに,言い切った。
「あの300円交換は 『呪い』だ」
「つまり 誰かが最初に『呪い』をかけた300円が」「ずっと 誰かの手を経て誰かに渡り続ける ってことだ」
「何か凄いことが起こることを期待したひとの気持ちを 纏わり付かせたまま」
話しながら静に向けた眼差しは,ひややかだった。