《xxxHOLiC・籠》第192回
ヤングマガジン:2009年51号:2009.11.16.月.発売
「言ったでしょう」「視えないと分かりやすくなるって」
依頼人にほほ笑みながらたたみかけられ,君尋はバツの悪そうな顔をした。
三味線になるなど夢にも思っていなかった猫だろうが,この姿で来てくれた以上,三味線弾きとしての覚悟すべてで奏でたつもりだ。けれど,猫には迷惑な勝手な思いこみかもしれない。そう語る彼女に,君尋が言う。猫としてではなく三味線として相手を求めた,それが応えだと。
「だから 貴方とこの三味線が奏でる音は美しいんですね」
「有り難う」「貴方も,己の全てで覚悟している事があるのね」
「‥‥そうですね」「決めたので」
君尋は,前を見すえて答えた。
依頼人の話は対価のことに移る。
「この子」「では どうかしら」
「え?」
「この子では足りない?」
「いいえ でも大切なものなんでしょう」
大切だからこそ対価になるのでは,と彼女は言う。多すぎると君尋が応じると,散らばっている撥(ばち)の破片をひとつ,指でつまみあげた。
「これを頂けるかしら?」
こわれても自分にとって大切なものであり,それに,
「この子はもう 他の撥(ヒト)に啼(ナ)かされたくはないでしょう」
しばし目を閉じた君尋は,目を開くと告げた。
「‥‥承知しました」
君尋が縁側に腰をかけて酒を飲んでいると,モコナがやって来た。
「夕方からひとりで飲んでるなんてずるいぞ」
承知とばかり,目の前に出てくるグラス。大喜びでついでもらい飲みはじめたモコナは,宝物庫の三味線について尋ねた。
「釣り合ったか」
「受け取ると決めた時 何ともなかったから」「そうなんだろうな」
「対価は過不足なく 貰いすぎても貰わなすぎてもいけない」「侑子は何度も言ってた」
君尋はもらう対価が少なくてその差を埋めるためにしょっちゅうけがをした,と言う。
「したくてした訳じゃねぇよ 今は 客に示された対価が願いと釣り合っているか ちゃんと,この眼と血筋(チカラ)にきいてから受け取ってる」
「それで少ないって分かっても 四月一日は願いを叶える」
「んな事ぁねぇぞ 店継いで,何年経ったと思ってんだ」
年を経ても変わる事と変わらない事があるからみんな心配する,とモコナ。今回はだいじょうぶでも次はわからない,前に死にかけたときも同じことを言った,と決めつける。
君尋も言い返す。
「死にかけても死なねぇよ」
「願いを叶えるって約束したからな 侑子さんと」「また逢えるまでこの店で待つって だから」
その君尋が,ぽつりと言った。
「‥‥小狼君達は今頃どこにいるんだろうな」
モコナは,夢で会って知ったことを話した。前にも行ったピッフル国にいて,忍者は新しい腕を作ってもらっているようだと。青いピアスは,白モコナが着けていると。
「それに あの中の記憶が 必ず,さくらや小狼が会いたいひと達の元へ 導いてくれる」
君尋は表情をやわらげた。
「小狼も心配してる 四月一日を」「店に来たら怒られるぞ」
聞きながら立ち上がった君尋が,思いついたように言った。
「つまみ作ってやろうか 特別に」
「特別に!」
と,驚くモコナに,君尋がつけ加える。
「とっときの鯛で」
うれしくて,はね回るモコナだったが,タバコ盆の煙が立ち上ぼるキセルに目をとめると,口を閉じた。
そしてつぶやいた。
「みんないる」
「遠いひとも 近いひとも」
「だから」「ひとりだけど独りじゃないんだぞ」「‥‥四月一日」