ヤングマガジン:2009年3号:2008.12.15.月.発売
「彼女の家で教える事になってたんじゃないの?」
料理教室にここの台所を使いたいと言う君尋に,侑子は問い返しはしたが承知した―お酒と彼が作る酒のサカナが使用料ということにして……。
さて,その当日,彼が依頼人のために選んだ料理は「おむすび」だった。
「あの それなら教えて頂かなくても作れると思いますけど」
「そうですね」「でも,今日は 作って,食べて貰いたいんです」「貴方に」
自分の作ったものは食べたくないと言う彼女に,次つぎ念を押すように問うていく。
「自分を見るのは 平気なんですよね」「自分で触るのも 大丈夫なんですよね」
何が言いたいのかと,とまどう依頼人。
居間では,静とモコナが君尋の料理をサカナに酒を飲んでいたが,そこに庭から声がかかる。ひまわりと小羽だった。
「この先の道で会ったの 小羽ちゃんも侑子さんの店に行くって言うから」
「四月一日君に言われて来たんだけど」と,ひまわり。
「君尋君は台所?」
尋ねた小羽が手伝いに行っていいかと言うので,モコナが,侑子のではなく君尋の客が台所に来ていることを2人に説明した。
「‥‥おれ,今 自分で作ったものの味が分からないんです」
「正確には味見した記憶がないんです」
依頼人は困ったように口を開く。
「意味がよく‥‥」
「分からないですよね おれもです」
「でも料理は出来ます」「記憶になくても駆が覚えてるから」
君尋は,一人暮らしで家事はいろいろするが,一番料理が好きだと話す。
「自分が作ったものを誰かに嬉んで貰える」
「でも それだけじゃないんだなってこの前ある奴が言っているのを聞いて思ったんです」
「料理には『自分』が出るんだなって」
「じぶん‥‥?」依頼人のとまどいは大きくなるばかり。
「作ったひとが何が好きか 嫌いか」「どんなものを食べて来て誰と会ってどんな事を考えて来たか」「だから」
「自分の作ったものを人に食べてもらうのは自分を知って欲しいからで」「自分で作ったものを自分で食べるのは自分を知る為なんじゃないかなって思ったんです」
依頼人は,こぶしをにぎりしめた。