《xxxHOLiC・戻》第52回
ヤングマガジン:2016年32号:2016.07.11.月.発売
「良い情報には 逢えたかい」
君尋のその問いで,彼のひざの上に体を横たえて仰向けになり,のどを鳴らしていた猫娘の動きが止まった。ただ,すぐに,帽子を手に取り,座敷童がよくないという情報が出回っていることを告げると,体を起こし,君尋のひざから下りた。
「今は雨童女が守ってるけど かなり危ないんじゃないかって」「ある程度力がある奴らは 大体,知ってる」
射るような猫の目を相手に向け,
「座敷童は 清廉な気(キ)の中でないと生きていけない でも,今の此(コ)の岸(キシ)で そんな場所 もう殆どない」「山奥に引きこもって 雨童女が穢れを流す清雨(せいう)を出来る限り降らせても 月夜に背中を炙(あぶ)るくらいにしか ならない」
少しずつ身の内にためた穢れ(ケガレ)を,その身の内で毒にした,と言う。
「その毒が 今」「座敷童を『呪謌(シュカ)』にしようとしてる」
「『シュカ』…?」
君尋にとって,初めて聞くことばだった。
「店主代理でも 知らないことがまだあったんだね」
「穢れをその身に受けて 己そのものを呪いの元とする それが『呪謌』」
君尋は,思わず身を乗り出した。
「座敷童は そんなこと望まないだろう」
「望まなくても そうなる」
言って,帽子をかぶる。
「それだけ 座敷童は綺麗」「穢れは浄(きよ)いものが大好きだ どこまでも真っ黒に 汚せるから」
君尋の顔に,冷や汗が浮かんだ。
「…このままだと どうなる」
あぐらで向かい合う2人。
「呪謌」である座敷童を手に入れたモノの呪いが発動する。そう,猫娘は話す。
「『呪謌』は 手に入れたものの願いを拒めない」「その身の毒で 願いを成就する」
「座敷童が消えない為に」
君尋の前で,雨童女はそう言った。
「だから…」「そうなる前に 座敷童は消えようとしているのか」
「時間 あんまりないよ」「座敷童が『呪謌』に成り切ってしまうまでもだけど」「その『呪謌』を欲しがってる奴らが もう動いてる」
ひざの上で両手を握りしめ,厳しい目つきで,誰がと尋ねる。
「さっきも言ったけど ある程度力がある奴らは 大体,知ってるし あわよくばとは思ってるね」「でも」
猫娘は,君尋が渡した座敷童を匿(かくま)うもののことを,知っていた。
「それももう広まってるのか」
鳥かごを渡したのは,ついこの間のことだったが……。
「それだけみんなが気にしてる」「雨童女の加護をずっと守り続けて来た烏天狗(カラステング)逹 更に渡したもので もう大体の奴らは手が出せないよ」
「出す奴らは,それだけ自信も力もある ということか」
正座にすわりなおしていた君尋が言った。さらに,女郎蜘蛛が,雨童女や店主代理とのかかわりからこの争いには参加しないことも,告げられる。
「それだけでも 助かったな」
少しほっとしたような君尋。娘は,庭に飛び降りた。
「あとは 所謂大物たち,だね」「女郎蜘蛛や雨童女クラスか それ以上」
「…あんまり 助かってねぇか」
庭で向き直り,神妙な顔で続ける。
「どれも 相手にするのは骨が折れる」「というか 命懸けだろうけど」
「一番,気を付けなきゃならないモノの情報 それを耳にしたから ここに来たんだ」
「教えてくれ」
いったい何がという思いだった。猫娘は,視線を落とす。
「『呪謌』を手に入れたいモノの中に」「『次元の魔女』がいると」
君尋の目が,大きく見開かれた。