Chapitre_7−貴方を待っていた
ツバサ−WoRLD CHRoNiCLE−ニライカナイ編 ストーリー紹介
〜導かれたどり着いた地で待ち受ける宿命(さだめ)は−。〜
漆黒に包まれた、世界。
瞼を閉じたまま、四月一日は静かにその場所に降り立つ。
彼は、目を開ける。そこに立つのは、不安げなさくらの姿。
彼は、静かに語りかける。
「…小狼君達と連絡がとれなくなった。」
さくらは、不安をさらに募らせる。
きっかけは、モコナに起きた異変だった。
「このあたりが、ヘンというか…」
ある日、彼の傍にいるモコナ(黒:ラーグ)が、お腹(?)をさすりながら異常を訴えかける。それは、そのときニライカナイの狭間の世界にいた、小狼達に同行するモコナ(白:ソエル)もまた同じだった。
「…どこが腹だよ。」
ラーグに軽くツッコミを入れる四月一日だったが、そのことに虫の知らせを感じた。
「…モコナ。
向こうのモコナを通じて、小狼達と話したい。」
目を閉じるラーグ。が、程なくラーグは焦りの言葉を発する。
「駄目だ、繋がらない!」
額のジェムが映すもやを見て、四月一日ははっとする。
「これは…。」
四月一日は、さくらに語る。
「モコナ達を通じて会話も出来ないし、何かを送ることも出来ないみたいだ。
小狼は夢を渡れない。それは、同行している魔術師も同じ。
こうやって、おれと君のように夢で逢う事はできない…。」
「じゃあ…
今の世界で小狼達の助けになることは…」
「おれ達には、難しい」
さくらは、両の掌を重ね合わせ、ぎゅっと握りしめる。
その手に、四月一日はそっと自らの手を重ね、言葉をつなげる。
「君が夢であったひととの『力』と、
君が予め夢で視て、小狼達に渡したものたちが、導いてくれることを願おう。
大丈夫。
彼らは強い。体術や魔術だけじゃない。心が…。
共に越えた君が一番良く知っているよね。さくらちゃん」
四月一日は、堅く握りしめたさくらの手を、そして不安で強ばる彼女の心をほぐそうと、穏やかに語りかける。
さくらは、目を軽く閉じ、しばし沈黙する。
そして、四月一日の言葉に応じた。
「…はい。」
いま彼女ができる、精一杯の笑顔で。
それでもやはり、不安を隠しきれない笑顔で…。
鬱蒼(うっそう)と茂る枯木の森を歩む、三人とモコナ。
そこに、触手と化した枝が、彼らの行く手を阻む。
生命の気配無き敵に、黒鋼は一瞬遅れを取る。しかし、一太刀にそれをなぎ払う。だがそれは第一陣であり、次の陣は彼の動きを見透かしたようにその刃を捉えるとともに、残る手がファイ、そして小狼をめがけて襲いかかる。
ファイは一切動じることなく、右手で紋様を描くと、たちどころにそれは鎌鼬(かまいたち)となって敵を見事に粉砕する。
「ほらー。ちゃんと魔術師でしょー。」
『イロモノ魔術師』と蔑んだ黒鋼を見返さんと、ファイは軽口を叩く。
このような騒ぎの中、小狼はモコナを抱え、瞳を閉じたままファイの後ろでたじろぐことなく立ち止まっていた。
「面倒なのが増えてきたな。」
黒鋼の呟きと、事が収まった様子を察して、小狼はゆっくり眼を開く。足下にあるのは、何の害意なく若葉を伸ばした小枝。彼の目には何気ない筈の、生気あふれる樹木ですら、彼らの行く手を阻む。その事実が、小狼の心を揺るがせる。
「それだけ、確信にせまってるってことじゃないかな。」
ファイは、そんな彼の胸の内を感じ、語りかける。小狼も、「…そうだな。」と応じる。
そんな中、茂みがガサガサ、と揺れ動いた。
敵襲か。
黒鋼とファイが構える。
「待ってください!」
息を弾ませながら現れたのは、小狼よりやや背丈が高い、きれいな長着を纏った少女だった。
「良かった…やっと会えた!
ずっと待っていました…貴方を!
どうぞ私を連れていってください!」
笑顔を浮かべながら、彼女は小狼の方へ駆け寄ろうとする。そこに、構えを崩さぬまま、黒鋼とファイが割り立ち入る。
「待ってくれ。話を聞きたい。」
この世界の見え方の違いが、眼前の相手に対してもあるかもしれない。
小狼は、モコナをファイに委ねると共に、二人を制して前に歩み出、問いかける。
「何故、おれを?」
「貴方が、明るかったから。」
彼女は、まっすぐと小狼の目を見つめて答える。
「貴方だけが『明るい』から、すぐ分かりました。」
「おれだけが?」
「はい!」
小狼は後ろを見ながら、彼女に尋ねる。
「じゃあ、この二人は…?」
「二人…?」
彼女は戸惑いの表情を見せる。
「真っ黒な塊が動いてるようにしか、私にはみえません。」
その答えに、3人は唖然とする。
彼女は、言葉を続ける。
「でも、貴方はひときわ光っているから、顔も姿も良くみえます。」
「おれ以外は…どうみえているんだ。この世界は。
まわりとか、この世界にいるひと とか。自分とか」
彼女は、掌を広げて自分の姿を確かめる。そして、小狼に問い返した。
「私、何かおかしいんでしょうか…。」
「いや、そうじゃない。」
小狼は、彼女に真意が伝わるよう、言葉を改める。
「これは、どうみえる?」
彼は、宙を舞う『もの』を指さす。宙を仰ぎ見た彼女は答えた。
「蝶々、ですが…。」
「小狼、君と同じものが見えているみたいだね、彼女には。」
ファイが呟く。彼女はびくり、と身震いする。
「な…何!?黒い塊から音が…」
「聞こえないのか」
「聞こえました!気持ちわるい音!」
どうやら、彼女の耳には、ファイ、黒鋼、そしてモコナの声はちゃんと聞こえないようだ。そして、彼女の声もまた、ファイたちにとって『人間の』声にはほど遠いものとして聞こえているらしい。
「どうぞお願いします!私を連れていってください!」
彼女は小狼に懇願する。が、
「どこへ?」
と、窮しながら小狼は答える。そもそも、小狼達はこの『裏』のニライカナイで何をし、どこに行くべきかの答えを持っていない。あるのは一つ、『凄く強く光っている』と小狼の目に映る場所があり、そこに行ってみたいと思う確証が持てない小狼の『カン』だけである。それでも、彼女は小狼に訴えかける。
「私も連れて行ってください!
ここのものならみんな知っています!
すべては貴方が導いてくださる、と!」
「しかし、何が起こるか分からないし、あそこに何があるのかもわからない。
危険なこともあるかもしれない。
何より…、君にとって見たくない場面を見ることになると思う。」
小狼が意図する言葉を介した黒鋼とファイは、それまで彼女に向けていた強い敵視の眼光をやや緩める。
「大丈夫です!どうぞ連れて行ってください!」
少女は、小狼の返答を、彼女の意を受け入れてくれたものと介し、この世界の陽光に負けないくらいの笑みを浮かべる。
「…わかった。
遅れないように気をつけてくれ。」
返答する小狼の言葉には、どこか影があった。
それは、この世界の『陽光』は、違う見方では『影の源』であり、彼の『五感』に基づく判断が必ずしも『正しい』わけではないことを認識したからでもあろう。
事実、ファイ、黒鋼、モコナは、三者三様の感慨を持って小狼の後ろ姿を見ていた。
隣で小狼に声かけながら歩く、ぼろ切れのような衣を纏ったおどろおどろしい『動く屍』の姿を見ながら…。