トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

特別編−還る世界

 夜が明けて、活気溢れる玖楼国。
 小狼は、街の片隅にある自宅の戸を開ける。そして、玄関先に立てかけていた1枚の写真を眺める。3人の姿があったはずの写真には、幼き小狼ただ一人だけが写る。
 立ちすくむ、小狼。そこに、さくらが訪れる。彼女は、彼の手を取り、ある場所へと連れ出した。
 「大切な場所」と言って行き着いた先は、城の外れの高台だった。二人は、その頂上で腰を掛ける。
 まず、小狼が口を開く。
 「おれは、あの空間から出る時、対価を支払った。
  それは、『旅をしつづける事』だ。」
 飛王の所業の結果、世界は癒えない傷痕を残した。その1つが、小狼自身の存在だ。彼を産んだ両親は消えてしまい、彼は『どこにも繋がらない』存在として、独り残された。理(ことわり)を乱す存在となった彼は、次空に及ぼす影響を最小限に抑えるため、一つの場所に留まらず、旅を続ける事を対価として選択したのだ。
 「けれど、それだけじゃない。
  おれは、この中にいるもうひとりのおれともう一度会いたい。」
 記憶、そして魂とも言える羽根を遺して消えてしまった、もうひとりの小狼とさくら。その羽根が二人の胸に取り込まれても、彼はもうひとりの小狼がまだ生きていると確信していた。それゆえ、旅を続ける事で、それが出来る世界を求めようとしていたのだった。
 「わたしも、わたしの中のもうひとりのわたしに会いたい。
  けれど…、わたしは一緒にいけない…そうね」
 ここに来る前に、彼女は夢を視た。共に旅を続ければ、彼の旅はもっと辛くなる…。それゆえ、彼女は自ら身を引き、『待つ』という選択肢を選んだ。
 そのうえで、彼女は改めて小狼に向き直る。
 「あのね、その前にひとつだけ言いたい事があるの。
  …長い間、ずっと言いたかった事。」
 せつない想いは涙に託しながら、彼女は出来る限りの笑顔で切り出した。
 「わたし、貴方が…」
 「さくらが…好きだ」
 ぎゅっ、と彼女の体を抱き寄せ、小狼が想いを口にする。…驚いた表情のさくらだが、すぐに彼女も彼に身を寄せ、「わたしも…大好き」と告げる。
 
 そんな二人のやりとりを、隠れて見ていたファイ達。
 「ええっと…まだ早いんじゃないかなぁ」と憚るファイを退け、黒鋼は「で、旅に出るんだろ?」と切り出す。小狼は頷くと、「みんなは?」と尋ねる。
 彼らの答えは、既に定まっていた。
 「オレねー、もう帰る場所もないしね。
  魔法も戻ったし、料理も出来るし、お買い得だと思うけどどうかなぁ。」
 「俺は行くぞ。知世には暫く留守にするって言ってあるしな。
  …それにあいつも姫も、今度こそぶん殴ってやる」
 「モコナも行くよ。
  だって、モコナ行かないと次元移動できないよ?(ファイがいるけど)」
 旅の行き先は…。ラーグ(黒モコナ)が守ってきた青い耳飾り(封印具)を取り出し、モコナが、続けた。
 「この中にはね、記憶が入ってるの。色んな人たちの、大切な大切な記憶。
  この記憶が、小狼達を覚えてくれるひと達の所へ導いてくれるよ。」
 そして、その記憶の量が、彼らをその世界に誘う頻度を決めるという。…従って、最も多くの記憶を留めるさくらが待つ玖楼国へ最も多く、次いで四月一日が居るミセへと、彼らを誘(いざな)ってくれるという。
 「みんな待ってるよ。小狼達に会えるのを。」
 
 そして、新たなる旅立ちの時が訪れた。
 玖楼国の衣装に身を包んだ小狼、ファイ、黒鋼、そしてモコナ。
 「どうか、この衣装が貴方がたをこの国へまた導き、そして守りますように。」
 祈りを捧げるさくら。「またね」と交わすファイに、「はい、また。」と返す。
 モコナの背中から、次元を越える羽根が現れる。
 迫り来る別離(わかれ)の瞬間を前に、互いに手を取る、小狼とさくら。そして、ずっと言えなかった二人の『もうひとつの真実』を告げる。
 「おれの本当の名前は…」
 「わたしの本当の名前は…」
   :
 「ツバサ。」
 
 同じ日に、同じ名を持って「偶然」生まれた二人。やがて二人は出逢い、惹かれあい、再び別離の刻を迎える。それでも、二人に迷いは無かった。
 …二人を結びつける、「必然」という名の絆に。