あの日。あの瞬間。小狼の脳裏をかすめた一瞬のためらい、一瞬の葛藤が元でさくらに刻まれた「死の刻印」が、7年後に現実のものとしてさくらを襲う。
…あと一瞬先の未来にあるのは、骸と化すさくらの姿。その現実を否定するために最初に手を下したのは、夢見であり玖楼国一の魔力を持つ彼女の母であった。命を賭して、わずか一瞬であれども、時間を止める。その先の未来を、小狼に託すために。
しかし、小狼はこの現実を7年前に予想し、この日を回避するために尽力した。残る選択肢は…ただ一つ、時計の針を巻き戻し、あの日とは違う道を採ること。小狼は、心から願った。
そのとき。闇から、声が響き渡る。
「おまえの願い、叶えてやろう。」
小狼にとってその誘いは、もはや唯一の選択肢である。しかし、もう一つの声が、彼を諫める。
「貴方のその願い、叶える事は出来るわ。けれど、あまりに罪が深い」
なおも響くその声の主は、次元の魔女・侑子。
「時を戻す事で、姫は別の未来を迎える事が出来るかもしれない。
でも、その為に関わるすべての者達の未来も変わる。
特に…、姫の刻印の事を知っていたものの未来は」
やりなおしても、小狼はさくらの側に居られない。自由を奪われ、命の危険にさらされつつも、ただ傍観する以外ない。それは、多大な犠牲を払いながら、わずかに手を繋ぐという小さな幸せすら許される事がない選択肢。それが、願いの先にある未来だと。
だが、残る一つの未来は自明である。胸に、躯に、刃を刺し貫かれたさくらの姿。その先にあるのは、決して進む事のない二人の時間。
小狼は、決断した。
「も・う・い・ち・ど」。
どんな罪を負おうとも、さくらの笑顔を見る事ができる未来を。
…巻き戻っていく、時間。再び幼き姿となる、小狼。しかし、失ったものが一つある。それが、『関係性』。
小狼の目の前に、もう一人の少年が立っている。
目を閉じたままのその少年は、小狼が断った絆を繕うために生まれた、もう一人の小狼。本来『在るべき者』ではないその少年に課されたことは、日本国で小狼が居たはずの家族の穴を、埋めること。しかし、そのひずみは彼の両親のみならず、その少年をも苦しめるだろう、という。…小狼は、ようやく自らが選んだ咎を知る。
それでも。
「いいえ、まだ未来は決まっていない。」
後に「四月一日君尋」と名づけられる少年を前に、侑子は口を開いた…。