清浄なる水を湛える潔斎場に閉じ込めていた、さくらとの過去。
「…おまえが過去を話すのは、これからの戦いに必要だからか。」
黒鋼は、問う。
小狼は「それもある」と認めた上で切り出した。
「おれは二人の過去を知っている。望んで、垣間見たものでなくても。
それでも話したいと思った。一緒に旅をしてきた人たちに。
…知った後、二人が何を思い、選んだとしても。」
黒鋼は、小狼の瞳の奥に閉じ込めた決意を察し、話の続きを促した。
…数日後。
傷が癒えた小狼は、元の世界へと戻る事なく、そのまま玖楼国へと渡った。
やってきた潔斎場は、相変わらず清らかな水を蓄えていた。そして…、そこには彼を待つ者の姿があった。
「小狼!?日本に帰ったんじゃ…」
驚きの声を上げながらも、走り寄るさくら。
「…潔斎は?」
小狼は尋ねる。
「あ、七日前に終わったの。だからもう触っても…」
明るい笑顔のさくら。その後ろに漂う、黒い死の影。彼女の身に刻まれた呪いの羽根は、誰よりも守るべき人を守れなかったことを刻みつける後悔の証。だが今、目の前にさくらが居る。
小狼は…、溢れる想いを堰き止める事はできなかった。彼女の右手を掴む。そしてその体を引き寄せ、力一杯抱きしめた…。
赤らめた顔のまま、さくらは小狼を城内へと導く。…その右手は、小狼の左手に繋がれたまま。
途中、廊下で母である王妃と出くわす。
「小狼がまた来てくれたの!」
嬉しそうなさくら、浮かない顔の小狼。王妃はさくらに言伝を頼むと、小狼と二人きりになった。
「潔斎の時、姫に…」
「あの刻印が…刻まれた」
申し訳なさそうに切り出す小狼に、王妃は言葉を繋いだ。
「あの刻印が見えるのは、今この国では私だけ。桜本人にも視えません。」
「でも、おれにも視えます。さっきも…」
「貴方には視せたいのでしょう。あの印を」
小狼だけでなく、彼女もまた「黒幕」の存在を識っていた。だが、その正体は分からない、という。ただ分かったのは、「叶えたい夢」のために彼女が巻き込まれた、ということだけ。
理不尽な願望を前に、小狼は右手の拳を強く握りしめ、彼は意を新たにする。
「この世界で、あの刻印を消す方法を探します。あの羽根が姫を覆い尽くす前に…。
あいつの願いなんかの為に、さくらは死なせない!」