居室にそっと近づく気配を、黒鋼は見逃さなかった。
「入れ」
その言葉に促されるのは、知世姫。昔から黒鋼は彼女の気配を捉えることに長けていた。
黒鋼は知世に言った。
「魔女に聞いた。俺も飛王とかいう奴の手駒になるところだったと」
知世は答える。
「もしそうだとしても、貴方は誰の言うこともお聞きにならないでしょう」
事実、天帝にいくら叱られ、周囲に心配をかけても、最後はいつも我が道を歩んできた。
そんな彼が、突然知世に問いかけた。
「墓暴きはやっぱり罪になるだろうな。」
彼の胸にあるのは、銀竜。亡父が死してなお手放さなかった長刀こそが、これから死地へ赴く戦いには欠かせない一品だからだ。
知世は、手にした長い包みを取り上げ、じっと黒鋼の瞳を見据える。ほどいた包みの中にあるのは…紛れもない長剣、「銀竜」だった。驚く黒鋼。それもそのはず、本来なら母の亡骸と共に葬られているはずだったからだ。
知世は詫びた。そして、告げた。それが、母の遺志であったことを…。
夢見の絆でつながっていた二人。母の愛、そして知世の想いの深さ。…刀身に映る己の姿を見ながら、彼は意を新たに、誓う。
「我が全ては主君の御為に在り
我が全ては主君の懐所で有る
我それのみを真実とし此処に誓わん
主君のみぞ識る、我が真名に掛けて」
手のひらを翳し、知世が応える。
「御武運を、…『鷹王』。」
その頭上、屋根の上。一人たたずむ『小狼』に、ファイが近づく。怪我を気遣う彼に、『小狼』は言葉少なく、さくらのことへの礼を言う。ただ、姫のそばにいること。それでも、彼女には支えになった。さくらが、待ってる。−二人の間に、静かに、そして確かに、誓いが交わされる。
桜舞い散る昼下がり。ついに、その刻が来た。
四月一日が記憶を対価に3人へ渡した、玖楼国の「止まった時間」へ行ける機会。
黒鋼、ファイはそれぞれ日本国、セレス国を発った時の服装に。そして『小狼』は…、小狼が遺跡巡りをし、そして玖楼国を旅立った時の服装を身にまとう。
3人と、侑子と、モコナ。今、決意と覚悟が交差する。